福音の船

新 し い 人 類 共 同 体 の 形 成


神のみこころを行う者はだれでも、

わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである。

マルコ福音書 3:35



教会という船が、福音という荷物を積んで、

エルサレムからユダヤ、サマリヤを経由し、

ローマ世界の諸都市に荷を降ろしながら、

長い年月をかけて南北アメリカや、アフリ

カや、アジアの国々までやって来た。その

お陰で、わたしたちも今こうして素晴らし

い船に乗り込むことができ、福音の大きな

めぐみに与ることが許されている。



 しかし、あたりを見回しながら、何かと

ても重大なものが失われているのではない

かと考える時がある。いや、そのようなこ

とはあるまいと否定してはみるのだが、二

十世紀の終わりに来て、今もなお、世界の

あちらこちらで争いがあり、憎しみがあり、

流血がある。キリスト教国などと言われて

いる国々で、血で血を洗う戦いが繰り広げ

られている。これはいったい何なのだろう

かと考えてしまう。



 福音の船が通って行った後に、何が残っ

たか。数多くの立派な伽藍が残った。絵画

や彫刻が残った。大きな組織としての教会

が残った。万巻の重厚な神学書が残った。

そして、戦争が、飢えが、貧困が、憎しみ

が残った。



 何か、おかしい。



 やはりそうだったのだ。何か大事な荷物

を、積み忘れたか、どこかに落として来て

しまったかしたのだ。それが、いつごろの

事であったのか、どの辺でのことであった

のかははっきりしないけれども、とにかく

それは、ガリラヤの海を弟子たちがイエス

と共に小舟で渡っていたころは、そしてパ

ウロたちが地中海を行き来していたころは、

間違いなく福音の船に積み込まれていた。

福音の船で運ばれて、行く先々で降ろされ

る大事な荷物の中に、それは確かにあった。

いつどこでどうなってしまったのか。今で

はそれが見当たらなくなってしまった。そ

れでも、平気でいたのが不思議だ。



 積み忘れたものを取りに戻らなければな

らない。ガリラヤの海へ戻ろう。地中海へ

戻ろう。パトモス島へ行ってみよう。きっ

と、あの大事な福音の小包が、引き取り手

が取りに戻ってくるのを待っているはずだ。

それを積み込まなければ、福音の船が、二

十世紀が終わり二十一世紀が始まろうとす

るこの時代に、世界の海を航行する意味が

なくなってしまう。



 新しい人類共同体の形成!福音の船が、

この終わりの時代に、世界のすべての地域

に運んで行くはずの福音の小包。イエスは、

新しい人類を創造された。古いものは過ぎ

去った。イエスにあって、すべては新しく

なった。イエスの福音は、世界のありよう

を根本的に変えてしまった。それは、ほん

とうに創造的で革命的な福音。

 Come Holy Spirit!  聖霊よ、来てください!

(93/11)




IPCC Office

Chair - Masaharu Asayama

(Pastor,Kunitachi-Nozomi Cumberland Presbyterian Church)

3-15-9 Higashi,Kunitachi-shi,Tokyo,Japan 186

TEL +81(0)425-72-7616  FAX +81(0)425-75-5049

E-mail : asa@ipcc-21.com

ipccEYES