IPCC EYES


   IPCCクリスマス・カードを、短い英文の趣意書(のようなもの)

を添えて、幾人かの方々にお送りしました。

  「趣意書」には、このようなことが言われています。

 インター・パーソナル・クリスチャン・カウンスルは、二十一

世紀に向けて展開されるキリスト教の運動であること。それは、

世界の人々に和解の福音を告知するものであること。これまでに

も、WCC や WARC のようなキリスト教の世界的組織があるけれ

ども、IPCCはこれらのものと異なり、一人一人の個人の参加によっ

て展開される運動であること。すなわち、世界中のだれもが、何

かの集団や団体を代表してではなくて、自分自身だけを代表する

ものとして参加するよう招かれているということ。そして、IPCC

は、インター・パーソナル・コンピューター・チャーチ[コンピ

ューター(インターネット)を媒介とする教会の運動]でもある

こと。新しい酒は、新しい革袋に!



 間もなくして木田献一先生から、「IPCCについて、もう少し詳

しくおしらせ下さい」という、クリスマス・カードでの返信が届

きました。それには、「十月に韓国へ行ったことを文章にしまし

たので、お読み下されば幸いです」とあり、立教学院チャペル・

ニュースに掲載された、<「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ

・・・」−ヘンデルの「メサイア」の一節をめぐって−>と

いうエッセイのコピーが同封されていました。一読し、心を強く

打たれました。わたしにとってはそれはまさに、IPCCとはこうい

うことなのですね、と問いかけているように思えたからです。



 そこには、第二次世界大戦五十年目の年に、民族再統一の悲願

を世界に明らかにするために敢えて日本経由でピョンヤンに向か

い、板門店から帰国するといった象徴的な行為を成功させて投獄

された朴容吉さんのことが書かれています。朴さんとは、これも

国家保安法を破ってピョンヤンにわたり、板門店を通って帰国し

ようとしたけれども果たせず、日本経由で帰国し空港で逮捕され

投獄された故文益煥牧師の夫人です。



 IPCCは、まさに世界のいたるところにある、目に見える「板門

店」、目に見えない「ベルリンの壁」を平気で通過して行く行為

を、みんなで始めようではないかという運動なのです。



 木田先生が書いておられるように、<パウロは、エフェソの信徒

への手紙で、「実に、キリストはわたしたちの平和であります。

二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を

取り壊し、・・・十字架に  よって敵意を滅ぼされました」と書い

ています。キリストは、人間の間にある対立を取り除くために、肉

を裂かれるような敵意と対立の中に身を置き、強者が力によって弱

者を支配することを防ぎ、逆に弱者の権利が回復される道をが開こ

うとして十字架の死を遂げられたと言うのです。>



 木田先生は、<・・・それにしても、政治のイデオロギーや宗教

や民族の相違にもとずく果てしない憎しみの狭間にあって、どんな

に多くの人々が苦しみ、命を失っていることでしょうか。>と述べ

ておられます。これが二十世紀が終わろうとする今日の世界の状況

です。このような状況に向けて教会が語るべきことばと果たすべき

使命は何か。IPCCは、この問いに応えようとするキリスト者の運動

にほかなりません。



 大きな名を冠した神学の時代は過ぎました。堅牢な城壁のように

四角い石を積み上げるようにして構築されるスンマ・テオロギカ

(神学大全)は、今日の状況に用をなしません。木田先生が、IPCC

クリスマス・カードに返信を下さり、問いかけ、語りかけて下さっ

たことに深く感謝します。このよう  な、小さなダイアローグを通

して、IPCCの運動は展開されて行くのです。それは、イエスの神の

国の宣教の原点に立ち返ることでもあると考えます。



 戦後五十年の年。ウインドウズ95がリリースされた年。この年、

IPCCが発足しました、新しい人類共同体の形成に向けて。

 主の祝福をお祈りします。よいお年を!          

(95/12/31 Sun.)




IPCC Office

Chair - Masaharu Asayama

(Pastor,Kunitachi-Nozomi Cumberland Presbyterian Church)

3-15-9 Higashi,Kunitachi-shi,Tokyo,Japan 186

TEL +81(0)425-72-7616  FAX +81(0)425-75-5049

E-mail : asa@ipcc-21.com

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