預言者は郷里では


 富弘美術館にめぐみとのぞみの一行二十人が

開館間もない朝の九時半にマイクロバスで到着

した時には、広い駐車場には群馬や栃木や中に

は習志野や新潟のナンバーをつけた車やバスが

とまっていて、もうかなり大勢の人たちが館内

を見て回っていました。本や絵はがきやカレン

ダーでおなじみの、わずかの時間立ち止まって

見て読むのにちょうどよい、口で描いた星野さ

んの絵と詩の原画が、やや暗めの照明を受けて

壁面に釣るされています。花や、母や、聖書や、

神が、自然に心にしみ込んでくるような、やさ

しい平安な空間がそこにありました。



 マイクロバスが、右の下手の方に渡良瀬川を

見ながら山に囲まれた集落を通って美術館がそ

こにある東(あずま)村に近づいて来た時、わ

たしは案内のパンフレットにもう一度目を落と

し、思わず、「え、富弘美術館は村立なんだ!」

と驚きの声を上げていました。館に着くとバス

を誘導してくれた係のおじさんたちや売店で絵

はがきや土産物を売る親切な女性たちも、役場

の職員だったのかも知れません。クリスチャン

の信仰を無理なく自然に表現している富弘さん

が、これほどまでにふるさとの人々に愛され受

け入れられている。ほとんど信じがたいことの

ようにわたしには思えました。



 偉いな、富弘さんは、と心から思います。

 ところでその日わたしは、

「よく言っておく。預言者は、自分の郷里では

歓迎されないものである」

という、次の日曜日に礼拝で読む聖書のことばを

盛んに思い出していました。

 ああ、ここからが、胸突き八丁、最後の難しい

ところなのだ。人々から受け入れられ喜ばれて、

ふるさと創成、村起こしに一役買うことになる。

それは、ほんとうに素晴らしいことであるに違い

ありません。ただ、キリスト教が、ローマ帝国に

おいて、ヨーロッパやアメリカの歴史において果

たしてきたある矛盾した姿をそこに見る思いが一

方でするわけです。温かく抱え込まれてしまった

時、源初の真の福音の力をいつの間にか失ってし

まう。



 先ごろ亡くなられた作家の司馬遼太郎さんは、

小説で幕末を描き明治を  語ったけれども、昭和

の殊に戦中戦後を小説にすることがなかった。

取材をし多くの資料を集めていた「ノモンハン

事件」については、晩年の司馬さんに新聞社や

出版社が執筆を促すと、一行でも書いたら発狂

する、死んでしまうと言ったそうです。国民作

家として、多くの人々に受け入れられ、中曽根

元首相や他の多くの政治家たちにもてはやされ、

文化功労者に選ばれ、文化勲章を授与された司

馬さんは、現代については、多くの評論をした

にもかかわらず、結局ほんとのことは何も言え

ず仕舞いであったということではなかったか。



 教会が、国家や既存の部族、民族共同体に囲

い込まれて、福音の本来の力を失ってきた。欧

米の現代の歴史は、そのことを雄弁に物語って

います。 「諸会堂で教え、みんなの者から尊敬

をお受けになった」イエスが、「自分の郷里で

は歓迎されない」ことを覚悟しておられたとい

うことは、やはりすごいことだと言うほかあり

ません。 (96/8/25)





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