初 め の 愛 − 教会の使命と責任−

ヨハネ黙示録 2:1-7

ヨハネ黙示録 2:1-7  きょうから七回に分けて、2章3章に書かれている、アジアにある七つの教会に宛てて書かれた七つの文書を学びます。  「七つの金の燭台」とあるのが、七つの教会を意味します。パトモス島のヨハネは、アジアにある七つの教会によって、全教会を代表させていると 言っていいでしょう。七は、完全数と言われます。七つの教会は、それぞれが個々に完結するのではなく、七つの教会の中の一つとして、その存在の意味を持つのです。七つの教会が全体で一つの全体教会を形成するのです。ほぼ4、50キロ程の間隔で点在する今日のトルコ西岸の七つの都市に「七つの金の燭台」が置かれています。「あなたがたは、世の光である。・・・あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照らさせるのである」と言われた主イエスのおことばがすぐに思い起こされます。教会は、世を照らす光としてこの世に立てられている。要所々々に立てられた教会が世界をくまなく照らす働きをする。そこに教会の使命と責任があります。もしもこの使命を十分に遂行し、責任を果たすことができなければ、教会の存在の意味はなくなります。主は、 「あなたの燭台をその場所から取りのけよう」と、警告されているのです。  七つの金の燭台には「七つの星を持つ者」がいます。それは、「七つの教会の御使」である、と1章の終わりに説明されています。それぞれの教会において神のみことばを正しく伝達する者の事です。この七つの星を右手に持ち、七つの燭台の間を歩く者として、イエス・キリストが描かれています。主イエスは、七つの教会の「間を歩く」方として、世界の教会において指揮を取っておられるのです。アメリカの教会、コロンビアの教会、リベリアの教会、香港の教会、日本の教会。カンバーランド長老教会は、こういった地域の教会として宣教の使命を遂行しています。これにブラジルを加えることができるかも知れません。その一つ一つが、金の燭台として、世に輝く使命を与えられています。  日本中会に目を移すならば、そこには、12の教会と伝道所があります。その一つ一つの教会が、アジアの七つの教会がそうであったように、それぞれ独特の事情や状況のもとに置かれており、それぞれ他にはない長所や特質を持ち、また同時に欠点や短所を持っています。それが何であるかを検証しつつ、共同の宣教を遂行して行くところに、カンバーランド長老教会の日本における使命があるのではないでしょうか。のぞみとめぐみのジョイント・ミッションもそのような観点に立って展開されなければならないでしょう。 七つの教会の最初に上げられているエペソ教会は、多くの賞賛すべき特質を持っておりました。しかし、「初めの愛から離れてしまった」ことが重大な問題として指摘されています。最初のころの生き生きとした神への愛、熱愛が冷めてきたという事かも知れません。あるいは、教会として多くの立派な働きをしながら、信徒の間に、キリスト者らしい愛が失われていることが指摘されているのかも知れません。どんなに「立派な」教会であっても、もし愛を欠くならば、教会はもはや教会ではなくなってしまいます。「あなたはどこから落ちたかを思い起こし、悔い改めて初めのわざを行いなさい」。このことばに、謙虚に耳を傾けなければならないですね。

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