生 け る 神

ヨハネ黙示録 7:1-17

     正月の最初の聖日礼拝では、有志の方たちにハイドンの「天地創造」を合唱して頂きました。「もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。・・・」と、詩篇19篇を歌いあげた素晴らしい音楽です。 で、できれば今度は、ヘンデルの「メサイア」のあの「ハレルヤ・コーラ ス」に挑戦していただきたいとひそかに願っています。欽定訳聖書による黙示録19章6節、11章15節、19章16節を歌ったものです。「天地創造」にしても「ハレルヤ・コーラス」にしても、まさに偉大な芸術は偉大な芸術を生み出すものであると思わせます。いや、創造者にして歴史の完成者である神、主の主、王の王なるキリストは、選ばれた信仰的芸術家たちの魂を霊感で満たし、圧倒的な力の歌を歌わせないではおかないのです。黙示録には、そのような力強い讃美歌を随所にちりばめられています。

 きょうの個所もその一つです。

 歴史は、大きな危機のもとに置かれています。四人の御使が、大地の四隅に立って、未曾有の大災害をもたらすはずの、キテイ台風やジェーン台風や伊勢湾台風や室戸台風の全部を合わせたような大風を密封した袋の口をまさに開こうとしています。神の裁きの時が来たのです。

 崩壊と滅亡は、突如としてやって来るのです。現代が、まさにその危機の時です。途方もなく大きな事故なり事件なりが突如として起こり、文明を滅ぼしていくのです。歴史の明るい必然のように考えられてきた図表にすれば右上りの進歩発展は、世紀末の今日においては人類に幸福を約束するものとばかりは言えない、いやむしろ大規模な崩壊を招来するかも知れないことを、人々は少しずつ心配し始めています。

 地上の四隅に立つ御使は、まさに、風を放とうとしている。いま立っているものがひとたまりもなく吹き飛ばされてしまう。そのような危機意識の中からはじめて、希望が生まれてくる。黙示録から学ぶべき大事なことは、このことではないでしょうか。パウロは教会の人々に、「あなたがたは時を 知っている」と言いました。「すなわち、あなたがたの眠りからさめるべき時が、すでにきている」と言いました。闇の深まりとともに、暁がますます近づいてきたと言います。

 教会が、この時代の救いの印なのです。教会にこそ、希望が残されているのです。日の出る方からもう一人の御使が現れ、教会の人々の額に、救いのしるしである神の刻印を押すのです。その数は、イスラエルの十二部族からの14万4千人。いや、救いの印を受けるのは、古いイスラエルではない。新しいイスラエル、教会である。

 <あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大勢の群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、大声で叫んで言った、「救いは、御座にいますわれらの神と小羊からきたる」。>

 教会は、大きな危機を知っている。危機の中にあって、救いがどこからくるかを知っている。信仰のゆえに死に渡され、今は天上にあって神を礼拝する者たちによって声高らかに歌われる勝利の歌、救いの歌を聞くのです。。

 ヨハネは、強大なこの世の力を完全に無化してしまう天の力をはっきりと受け止めています。わたしたちも額に印を受けた者として、生の根拠を地上のものにではなく天において、神の救いを力強く歌えるようになりたいと願います。





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