天 の 沈 黙

ヨハネ黙示録 8:1-13

 天災は忘れたころにやって来る、と言います。

 と、ここまで書いて、来客があり、しばらく話をして机に戻ると、家(牧師館)から電話があった。押入れの天井から水がもれているので、すぐに来てほしいという。押入れの上は二階のバスルームになっている。そこのどこかから漏水しているのではないかと見当はつけたけれども、パイプは壁の中を通っているので素人には実際には何も分からない。分かるのは、水が漏れているということと、このままにしておいたら押入れだけでなく部屋中が水浸しになってしまいそうだということ。

 このくらいのことで一寸先はやみだというのは大げさです。でも、近ごろの日本の状況を見ていると、世の中はほんとうに一寸先はやみなのだと思えてきます。福音書に、<人の子が現れるのも、ちょうどノアが箱舟に入る日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。>とあります(マタイ24:37-39)。 災害は、突然やって来ます。火事がそうです。地震がそうです。死がそうです。ことが起こる前は静かなのです。嵐の前の静けさとはよく言ったものです。

 <小羊が第七の封印を解いた時、半時間ばかり天に静けさがあった。>

 七つの封印のうち六つまでが次々に開かれ、いよいよここで最後の封印と思われる第七の封印が解かれます。その時、半時間ほどの静けさが天にあったというのです。そしてその後に、ラッパを手にした七人の御使たちが登場してきます。御使たちが順番にラッパを吹き鳴らす時、あらたな災害が、 次々に起こるのです。

 先程の福音書のことばの前には、「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない」ということが言われています(マタイ24:35)。 イエス・キリストの言葉です。地上のものは、滅びる。これに寄り頼む者も一緒に滅びる。これは、ただの脅しでしょうか。

 主にあって生きる者も、この世の滅びの運命から自分だけ逃れることは出来ないのではないかと思います。いなある場合は、真っ先に被害を被るのかも知れません。しかし彼は、バブルがはじけたと言ってうろたえることはないのです。

 <また、別の御使が出てきて、>香をたき、祈りを捧げたとあります。別の御使とはだれでしょうか。教会の指導者。あるいは、パトモスのヨハネ自身であると言ってもよい、とわたしは理解します。次々に起こる大災害の中にあって、彼は、滅びることのない一点を見つめ、天で歌われる賛美の歌に声を合わせるのです。<第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起こって言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。>(11:15)

 教会は、「別の御使」がしたように、天を仰いで礼拝するのです。この世の人々が、現象の世界にだけに関心を寄せる中で、教会は、滅びることのないキリストの言葉に心を寄せるのです。そこに、教会の使命があり、世界の救いがあります。





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