天 の 声 − 終末の先取り−

  ヨハネ黙示録 11:1-19

 <さて、第七の天使がラッパを吹いた。すると、天にさまざまな大声が あって、こう言った。「この世の国は、我らの主と、そのメシアのものと なった。主は世々限りなく統治される。」>(新共同訳)

 パトモス島のヨハネは、迫害の中にあって、はっきりこのことを見ています。幻想でしょうか。ただの「希望的観測」でしょうか。いまわたしたちはイースター(復活日)を前に、レント(受難節)の日々を送っています。レントとは、勝利を確信しつつ苦難を耐え忍ぶ季節です。主イエスは、「最後の晩餐」の席で、弟子たちにこう言われました。「(・・・わたしがこれ らのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためであ る。)あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」。パトモス島のヨハネも、この確信に立って、教会を励ましたのです。

 <わたしはつえのような測りざおを与えられて、こう命じられた、「さあ立って、神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。・・・」>とあります。神の聖所と祭壇とは、教会のことです。エルサレムの神殿は、ヨハネの時代には、戦争によって破壊されて二十数年になります。目に見える聖所と祭壇は姿を消しました。しかし、教会は失われません。そこで礼拝している人々すなわちキリスト者たちは、主に一人一人数えられ、愛のみ手の中で守られているのです。

 キリスト教にはじめてふれたころ、<二羽のすずめは一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。>という主イエスのことばを聞いて勇気づけられたことを思い出します。わたしのように小さいものでも、天の神さまはちゃんと見ていてくださる。心配することはないのだ、と思ったのです。

 黙示録は、この世の勢力はどれほど強大であってもやがては滅びるのであり、主にあって生きるものには必ず勝利が与えられることを語っています。二人の偉大な証人たちが、底なしの淵から上ってきた獣によって殺されてしまう情景が描かれています。この二人の証人は、ペテロとパウロのことではないかとわたしは考えます。もっともヨハネは、厳密な意味でこの二人を指しているとは言えません。証人として死んで行った者たちの代表としてこの二人の証人が上げられているのではないでしょうか。

 この世の人々は、二人の証人たちを殺しその死体を路上に放置するといったひどい仕打ちをします。しかしヨハネは、神の息が二人の中に入り、二人は立ち上がり、「ここに上ってきなさい」という天からの声を聞いて雲に 乗って天に上った、と証言します。

 先程「二羽の雀は1アサリオンで・・・」というところを引用しました。そのすぐ前で主イエスは「人々を恐れたはならない。・・・体を殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方お恐れなさい」と言っておられます(マタイ10:26以下)。

 教会は、真に恐れなければならない方がどなたであるかを証しするので す。そうすることによって、終末すなわち神の救いと裁きを先取りしているのです。





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