惑 わ す 者 の 挑 戦

  ヨハネ黙示録 12:1-17

 最初は、1−6節。「ひとりの女」とその女から生まれた「男の子」「赤い龍」が登場します。男の子は、メシア。イエス・キリストです。女は、普通に考えれば、母マリヤになりますが、ここでは、キリストを宣教する教会を指します。彼女は、十二の星の冠をかぶっています。イスラエルの十二部族、あるいはイエスの十二弟子を想定した数でしょう。世界に広がる教会の姿を示していると言えます。赤い龍は、獰猛なこの世の反対勢力です。七つの冠は、七人のローマの皇帝であろうとも言われます。

 女から生まれた男の子は、「神のみもと、その御座のところに、引き上げられた」とあります。使徒信条に、「十字架につけられ、・・・天にのぼ り、全能の父なる神の右に座したまえり」、とあるところを思い浮かべると分かります。悲惨な敗北のように見える十字架を、ヨハネは、天の視点か ら、勝利として見ているのです。教会に対する迫害が激化しますが、神は、逃れの場所を用意しておられる。これが、一つ。

 次は、7−9節。わたしたちは地上の戦いを見るだけですが、ヨハネは、同時に天上に戦いが展開されているのを見ています。その戦いにおいて、悪魔とかサタンとも呼ばれている龍、神に敵対し教会を迫害する巨大な勢力 は、神の勢力によって決定的な敗北を喫し、地に投げ落とされます。福音書で主イエスは、「わたしはサタンが電光のように天から落ちるのを見た」、と言っておられます(ルカ10:18)。暴虐なこの世の勢力は、実は、神の決定的な打撃をうけ、既に滅びの相のもとにある。

 そして、10−12節に、いわば逆説的な神の勝利が高々と歌い上げられます。十字架は、神の勝利である。また、教会の受苦は、神の勝利の証しなのです。「兄弟たちは、小羊の血と彼のあかしの言葉とによって、彼(龍)にうち勝ち、死に至るまでもそのいのちを惜しまなかった」。この世の勢力に屈服しない人々が、この歴史の舞台に存在している。そのことが、神の勝利の証左となるのです。

 そして13節以下。地に投げ落とされた龍は、いわば最後のあがきをします。大暴れに暴れ、教会を荒らし回るのです。実際、毎日世界の情勢をテレビで見たり新聞で読んだりしていると、地上には、果てることのない混乱があり、暴虐と不公正があふれています。神の不在、教会の無力を思わざるを得ません。悪魔は、強力なのです。「自分の時が短いのを知り、激しい怒りをもって、おまえたちのところに下ってきたからである」。しかし、悪魔がどんなに激しく暴れ回ったとしても、神は、決定的な勝利を、イエス・キリストの十字架においておさめておられる。

 パトモス島のヨハネは広大な天空を眺め、神のこのようなメッセージを、天の軍勢が奏する壮大な音楽に心をときめかせながら、聞いているのです。

 教会は、神の勝利の中で、この世の戦いを戦い抜くのです。





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