永 遠 の 福 音

ヨハネ黙示録 14:1-20

    先週はイースターの礼拝で、多年の念願がかない、ヘンデルの「メサイア」の「ハレルヤ・コーラス」を合唱することができてとてもしあわせでした。序曲に続く、イザヤ書40章の「慰めよ、わが民を慰めよ」から始まる「メサイア」は、全曲を演奏すると二時間半近くになる大曲です。神学的にも構成のしっかりしたオラトリオではないかという印象を持っています。機会があれば、この面からも少し詳しく研究したい気がします。それはさておき、イエス・キリストにおける神の救いのみ業を歌ったこの長大な曲の最後に歌われるコーラスは、黙示録5章のことばによって構成されています。 「あなたはほふられ、その血によって、神のために、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から人々をあがない、・・・。ほふられた小羊こそは、力 と、富と、知恵と、勢いと、ほまれと、栄光と、さんびとを受けるにふさわしい。御座にいますかたと小羊とに、さんびと、ほまれと、栄光と、権力とが、世々限りなくあるように」という部分を編集した歌詞が歌われ、アーメン、アーメンの大合唱で終わります。

 この歌は、きょうの14章につなげて読むこともできます。ここでも、キリストの血によってあがなわれた者たちの大合唱が聞こえてきます。それ は、天と呼応する大きな歌声です。「この歌は、地からあがなわれた十四万四千人のほかは、だれも学ぶことができなかった」。十四万四千人は、イスラエルの十二部族象徴する「十二」の二乗を千倍した数で「無数」を意味する、と言われます。ヨハネは、新しいイスラエル、すなわち教会を、この数字で表しています。今日、人々は、「メサイア」を聞いて感動します。しかし、本当の意味を知るのは、キリスト者でしょう。ヨハネが見、そして聞いた天の大合唱を聞き分けることができるのも、教会なのです。教会こそは、「新しい歌」(3節)を聞き、また歌い、その意味を学ぶことができます。そして、「あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音をたずさえてきて、大声で」語る天の声をしっかりと聞き取るのです。

 その声は、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」と歌います。 神をおそれよ。すなわち、神以外のものを恐れることはないのです。真に恐れるべきかたを恐れるものは、恐れなくてもいいものを恐れないのです。神に栄光を帰せよ。神以外のものに栄光を帰してはならない。創造者なる神を、伏し拝め。民族や、国家や、王や、皇帝に栄光を帰し、それにひれ伏して拝んではならない。危険な思想です。ですから、「主にあって死ぬ」 (13節)、すなわち殉教する者あったのです。しかし、この時代の救い は、教会にかかっているのです。世界中の人々が、あの東方の博士たちのように、またよる羊の番をしていたあの羊飼いたちのように、そしてわがパトモス島のヨハネのように、中空を飛ぶ御使たちの歌う新しい歌を聞くことができたら、歴史は変わるのです。教会は、「初穂」として、「人間の中からあがなわれた者」として、この世に先駆けて天の歌声を聞き、これを人々に歌い聞かせるのです。神の救いとさばきを、人々に告げ知らせるのです。





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