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ジョン・レモンで行きましょう。
 Lennon の真ん中の nn をつなげて、一本抜くと、m になる。
レモンは、英語では、あいつはかすだ、一本足りない、
という意味で使われたりもするようで す。ますますありがたい。
小さく弱い者たちよ、梶井基次郎の「檸檬(れもん)」で行きましょう。
どこへ行くにも、レモンを一つ懐に入れて出かけましょう。
それを、行く先々に、そっと置いてくるのです。

(どうぞ、ここ「ipcc talk−談話室」 2001/12/25 と 2002/01/14 の
記事を一度ごらんください。)
M. Asayama


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2001/12/25

2001年クリスマス

地には平和

― ガリラヤの風かおる辺り ―


夢を見た。

山の道を登り、峠を越え、

15キロほど下って、ある湖のほとりに着いた。

目的地に着いたと思った。

何か地図のようなものを開いて確かめていると、

地元の人が、ここは違う、道を間違えたのだ。

峠まで戻り、向こうへ四五十キロ行かねばならない、

と教えてくれた。

体から力が抜けてしまった。

ああ、しかし、とにかく戻るほかない。

気の毒に思った地元の人が、

峠まで車で送ってくれた。

そこに、小さなレストハウスがあった。

その日はそこに一泊することにした。

夢はそこまでで、それから先どうなったか分からない。

 

夢を人に話していて、はたと気がついた。

そうか、振り出しに戻る話だ。

 

 

戦後間もなく、キリスト教の学校に入った。

それから数えて五十余年、

「ガリラヤの風かおる辺り」という歌を歌っている。

「来たらせたまえ、主よ、御国を」、と歌っている。

一番、二番、三番、

「『あまつ御国は近づけり』と、

のたまいてよりいく千歳(ちとせ)ぞ、・・・」

「御国をしたうあつき祈り、

ささげられいしはいく千度(ちたび)ぞ、・・・」

「みむねの成るはいずれの日ぞ、・・・」と訴え、

「来たらせたまえ、主よ、御国を」と祈る。

わたしのような小さい者の切なる祈りでもあった。

 

20世紀が終わり、21世紀が始まった。

そして、9月11日の事件が起こった。

考えてみれば、半世紀を越えるわたしの人生も

あのとき、崩壊したのではないか。

いったい、自分の人生はなんだったのか。

偉そうなことを言っているのではない。

「来たらせたまえ、主よ、御国を」と説教し、

それがいったいなんだったのか。

何もかも、同じではないか。

いや、逆戻りではないか。

もう一度、振り出しに戻ってやり直せということではないか。

 

老兵は、去る。敗北を認めて、去るのみ。

これが、正直な心境ではないか。

 

そしていま、「イマジン」に向き合っている。

もう一度、「イマジン」を聴きたい衝動に駆られた、

とでも言うべきか。

とにかく、「イマジン」が聴きたくなった。

 

五十余年の彷徨の後に、

立ち返るべき振り出し点を示されたのだ。

それが、「イマジン」だ。

五十余年を経て、

いま、二十一世紀の最初の年の

クリスマスに、

ようやく、スタートラインに

辿り着いたのだ。

 

IMAGINE

 

Imagine there’s no heaven

It’s easy if you try

No hell below us

Above us only sky

Imagine all the people

Living for today…

 

Imagine there’s no countries

It isn’t hard to do

Nothing to kill or die for

And no religion too

Imagine all the people

Living life in peace

 

Imagine no possessions

I wonder if you can

No need for greed or hunger

A brotherhood of man

Imagine all the people

Sharing all the world…

 

You may say I’m a dreamer

But I’m not the only one

I hope someday you’ll join us

And the world will be as one

 

イマジン ― 思い描いてみよ

ジョン・レノン 

 

思い描いてみてください。

天国などないのです。

どうということはありません。

地獄だってありはしないのです。

あるのは、あの空だけです。

思い描いてみてください。

みんな、今日と言う日を生きているのです。

 

思い描いてみてください。

国境などないのです。

分かる人はわかるでしょう。

国とか民族のために

殺したり、死んだりする必要はないのです。

宗教もいりません。

思い描いてみてください。

みんなが、平和に暮らすのです。

 

思い描いてみてください。

所有を主張することもない。

どうか、思い描いてください。

むさぼる必要も飢える必要もないのです。

人はみな、兄弟です。

心に思い描いてください。

みんなが、世界を分かち合うのです。

 

夢想家と呼ぶなら呼ぶがよいでしょう。

でも、夢見る人は、わたしだけではありません。

いつの日か、あなたにも仲間に入っていただきたい。

そうすれば、世界は、一つになるのです。

 

数年前(1995年)に、インターネットにIPCCを開設した。

IPCC

Inter-Personal Christian Council

小さい個々の人々によって造られる

新しい人類共同体。 

それが、教会。

 

そのHPに、最初に書き入れた文章の一つに、

「イマジン」について語ったものがある。

その中で、こんなことが言っている。

 

1996年、夏の終わりに

 

いま、この文章を、

ビートルズのCDをききながら打っている。

何か礼拝の気分がしている。

ビートルズは、まさに

キリスト教世界から生まれた音楽であるに違いない。

マルキシズムを、キリスト教抜きに考えられないのと同じように。

つまり、ビートルズは、

欧米のキリスト教に幻滅を感じ

愛想を尽かしたところから始まっている。

それが、わたしの受けた印象だ。

 

「ゴッド(神)」という歌では、

神などただの観念に過ぎない。

聖書も神も信じない。

信じられるのは、自分とヨーコだけだ。

それだけが現実だ、と歌っている。

反宗教、反信仰と

簡単に排除してしまうことのできない

素朴な真実がそこにある。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナやパレスティナや北アイルランドの

状況を見ながら、

教会とは何か、宗教とは何かを

あらためて問い直さなければならない。

そういったところに、この時代は来ている。

 

ビートルズが何に絶望し、何を捨てようとしたのか。

これを問うて見なければならない。

ビートルズが世界を救うとは思わない。

マルクス主義が結局世界を救うことができなかったように、

ビートルズも世界を救うことはない。

しかし、マルクス主義やビートルズが

欧米のキリスト教文化に向けて投げかけた問題は、

教会が真剣にしっかりと受け止めなければならない。

 

ビートルズが、

素朴な感性を前面に出して訴えている事がらの中に、

もしかしたら、

教会の再生への道のヒントが、

隠されているのかも知れない。

 

いま八月の終わりにそう考えている。

(96年夏)

 

 

ここでビートルズとは、実は、ジョン・レノンのこと。

わたしの手にしているCDの解説(ザ・ビートルズ・クラブ)に、

つぎのようなコメントがある。

<ジョンの作品には、

きわめて私的なことを歌いながら

それに普遍性を持たせてしまう力がある。>

<ひとりひとりが愛に満ちていれば、

その街はその国はそして地球は愛に満ちる。

ひとりひとりが平和を願えば、

その街はその国はそして世界は平和になる。

ジョンはそんな大きなテーマを、

3分の音楽で、

1枚のレコードのなかで

表現することができたのだ。

これこそ、まさに、IPCCの目指すものだ。

二十一世紀のテーマソングと言われる

「イマジン」は、

IPCCのテーマソングでもある、

と言いたい

 

これも、IPCCの開設時に書き込んだ文章の中で、こんなことを書いている。

 

ipcc eyes

 

大きな名を冠した神学の時代は過ぎました。

堅牢な城壁のように

四角い石を積み上げるようにして

構築されるスンマ・テオロギカ(神学大全)は、

今日の状況に用をなしません。

 

小さな人たちの

小さなダイアローグを通して、

IPCCの運動は展開されて行くのです。

それは、イエスの神の国の宣教の原点に

立ち返ることでもあると考えます。

 

戦後五十年の年。

ウインドウズ95がリリースされた年。

この年、IPCCが発足しました、

新しい人類共同体の形成に向けて。

 

主の祝福をお祈りします。

よいお年を!         

95/12/31 Sun.)

 

 

 

ジョン・レノンの自爆テロ

二千年かけて積み上げてきた

バベルの塔は、音を立てて倒壊した。

もう、上へ上へと積み上げて行くのは

やめよう。

ヨーコとレノン、クニヨとマサハル、クーとケン

それでいいのだ。

上へ上へと上って行く必要はない。

等身大の自分でいい。

上へ上へと、人を踏みつけて

上って行くのはやめよう。

 

ヨーコとレノン、クニヨとマサハル、クーとケン

上へ上へではなくて、

横へとつなげて行くのだ。

下へ上るのだ。

 

 

二千年かけて積み上げた

教会のバベルの塔は、

二千年の初めの年に

音を立てて崩落した。

壊がなければ、再生はない。

壊は、

東方の博士たち

野宿する羊飼いたち

そして、ジョン・レノンによって

もたらされた。

 

イマジンで、

レノンは、

難しいことではない、

簡単さ、

できるかな、

と繰り返している。

 

下へ上ればよい。

難しいことではない。

東方の博士たちや、

羊飼いたちや、

ジョン・レノンは、

いとも簡単にやってのけた。

 

教会は、2000年かけて

WTCにも似た超高層のバベルの塔を築き上げた。

人々は、仰ぎ見て、

感嘆し、賛嘆し、圧倒される。

そして、いま、われわれは見る。

ジョン・レノンの自爆テロによって、

バベルの塔が、

あっけなく崩壊して行くのを。

 

大きな名前の上に、

大きな名前を積み上げ、

伝統の上に伝統を積み上げ、

見るからに堅牢な基盤の上に、

さらに重厚な仕組みを積み上げ、

2000年かけて、

壮大なバベルの塔を

築き上げた。

 

そして、いま、ジョンレノンの自爆テロにあい、

バベルの塔は、

自分の重量を支えきれずに、

あっけなく、崩落していった。

 

あれほど重厚に、

あれほど堅牢に、

あれほど頑丈に、

あれほど確実に見えた、

超高層のバベルの塔が

あっけなく、崩壊していくのを、

いま、われわれは、見たのだ。

 

蝶墜ちて 大音響の 結氷期

だ。

 

A butterfly thrashed

Into the frozen lake making

An enormous sound.

 

恐れることはない。

惜しむことはない。

新しい世紀を生き始めるのだ。

 

もはや、

上へ上へと、積み上げ、上っていくのではない。

名もない、小さな一人一人が、

横につながって行くのだ。

 

羊飼いたちは、

ひとりひとり、地面に足をつけ

大地の湿り気を感じ取り、

草や小さな花々が香り、

羊たちの糞のにおいのする

大地に腰をおろして、

天を仰いだ。

そして、聴いた。

天の大群の歌を。

 

いと高きところには栄光、神にあれ、

地には平和、御心に適う人にあれ。

Glory to God in the highest heaven,

And peace on earth to those with whom he is pleased!

 

東方の博士たちも、

羊飼いたちも、

天に導かれて、

下に上って行ったのだ。

小さな一人一人が、

ベツレヘム郊外の

馬小屋の、飼い葉桶の中に

布にくるまって寝ている

乳飲み子を

見つける、のだ。

 

「あなたがたは、布にくるまって

飼い葉桶の中に寝ている

乳飲み子を見つけるであろう。

これがあなたがたへの

しるしである。」

 

このしるしを見た

博士たちは、

もはや、上へと上る道ではなくて、

「別の道を通って

自分の国へ

帰って行った。」

 

羊飼いたちも、

「神をあがめ、

賛美しながら、

帰って行った。」

 

「だれでもキリストにあるならば、

その人は新しく造られた者である。

古いものは過ぎ去った。

見よ、すべてが新しくなったのである。」

(Uコリント5:17

2001/12/24


2001/12/20

「イマジン」日本語版 試訳1

きょうも、ジョン・レノンの「イマジン」を聴いています。
日本語で歌えるようにできないかな、と思いながら聴いています。
で、試しに、曲にのせて訳してみました。
これで歌えるかどうか、あやしいけれど、とにかくアップしてみましょう。
あした、ピアノを弾いてもらって、歌ってみようと思います。
M.A.

いまね、天国などない。
何ということはない、
地獄もない。
あるのは、あの空だ。
そうさ、だれもがみんな、
きょうという日を生きている。

そうだ、国だってない。
できないことではない。
殺し殺されることなどない。
宗教もなくてよい。
そうさ、だれもがみんな
平和に暮らすのだ。

夢見る人は、
ぼくだけじゃない。
君も一緒にやろう。
世界は一つだ。

そうだ、所有もない。
さあ、できるかな。
むさぼることも飢えることもない。
ひとはみんな、兄弟。
いいね、みんなの者が
世界を分かち合う。

夢見る人は、
ぼくだけじゃない。
君も一緒にやろう。
世界は一つだ。



2001/12/20

教会の再生は「イマジン」から始まる

 録画しておいた「2001年のイマジン」(NHK12/12 Wed.)をいま見た。よかった。先週の水曜日の朝、放送があるのを新聞で知り、教会の集会があるので、すでに始まっていた番組の録音を急いでセットして出た。だから、頭の方は録画できなかった。湯川れいこさん、石川淳さん、ピーター・バラカンさんの三人が、「イマジン」を熱く語っている。レノンがヨーコを横において歌っているのがいい。バラカンさんの歌詞の解説もよかった。この歌は、「21世紀のテーマソング」と言われるという湯川さんコメントに、共感を覚える。

 「イマジン」を最初に聴いたのは、ずいぶん遅れていて、IPCC発足間もない96年の夏のことだった。そのときの率直な印象と感想は、さっそくIPCC EYES に載せた。
21世紀のテーマソング」である「イマジン」は、IPCCのテーマソングでもある。

 天国も地獄もない、あるのはあの空だけだ。戦争を引き起こすような宗教はいらないと訴える「イマジン」を通過して再生するのでなければ、21世紀における教会の存立の意味はない。理由はない。価値はない。

 教会の再生は、「イマジン」から始まる。                    (12/19 深夜)


2001/12/19

クリスマスおめでとう

地には平和

ジョン・レノン(
”LENNON LEGEND -The Very Best Of John Lennon” を聴いています。
わたしの今年のクリスマスは、ジョン・レノンです。
レノンの歌は、恨(ハン)ですね。恨みではありません。激しい情愛です。
“Mother” にそれがよく出ています。
おふくろよ、と呼びかけます。おやじよ、と呼びかけます。激しく叫びかけます。

レノンは、やはり、聴くものです。
できれば、一緒に歌うものです。
読むものではありません。
それを承知で、試訳を二つ追加します。

M.A.

Happy Xmas (War Is Over)
祝クリスマス(戦争は終わった)

ヨーコ、
クリスマス、おめでとう。
ジュリアン、
クリスマス、おめでとう。

そうだ、クリスマスだ。
どうだった。
ことしも一年が終わった。
そして、新しい年が始まる。
クリスマスだ。
楽しくやろう。
近くの親しいひとたちよ。
年寄りも、若いのも。

大いにクリスマスおめでとう。
そして謹賀新年。
恐れのない、
いい年になるといい。

クリスマスだ。
弱者にも、強者にも、
富める者にも、貧しき者にも。
世の中は、
とてもまっとうとは言えない。
だからこそ、クリスマスおめでとう。
黒人にも、白人にも。
黄人にも、赤人にも。
ストップさせよう!
すべての戦いを!

クリスマスだ。
何をしてきたか。
また一年が過ぎた。
そして、新しい年が始まる。
だから、クリスマスおめでとう。
楽しくやろう。
近くのみんな
年寄りも、若いのも。

ハレルヤ、
晴れるや。
クリスマスおめでとう。

(試訳・朝山正治 2001/12/19

Give Peace A Chance
平和に出番を!

何々?
民主主義、社会主義、原理主義、
ヒューマニズム、ニヒリズム、
アイディアリズム、ミーイズム。
何とか主義。何とかイズム。
もういい。もういい。もうたくさん。
言いたいことは、これだけだ。
平和に出番を!
平和にチャンスを!

おい、みんな。
教師、技師、調理師、理髪師、教誨師、
弁護士、弁理士、看護士、代議士、
詐欺師、牧師、ペテン師、伝道師
医師、美容師、陰陽師。
師だとか、士だとか。
シーッ、シーッ、さらば、さようなら。
言いたいことは、これだけだ。
平和に出番を!
平和にチャンスを!

なんでもありよ。なんにもなしよ。
なんでもありさ。なんにもなしさ。
平和に出番を!
平和にチャンスを!

ジョンとヨーコ、クニヨとマサハル、クーとケン。
あの人、この人
名を呼ぼう。ひとりひとりの名を呼ぼう。

平和に出番を!
平和にチャンスを!

(試訳・朝山正治 2001/12/19



2001/12/18

キリスト新聞への問いかけ
いま、クリスチャン・ジャーナリズムの責任は大きい。
同社編集部と望楼氏宛に下の文書をメールで送付した。受信の
連絡もいただいていないので、あえて公開文書として
ここに掲載します。

「望楼」1215日の記事について

 牧師仲間のひとりから、キリスト新聞におかしな記事が載っているとメールが届いた。記事を読んで、わたしもわが目を疑った。

 あの日、ワールドカップの組み合わせ抽選のニュースを楽しみに待っていた。ところが、どのチャンネルに回しても、内親王誕生のニュース一色で、唖然としてしまった。これを、望楼氏は、<・・・名も顔も知らない赤ちゃんの誕生に日本中が沸き立った。この日のテレビは、喜び一色にぬりつぶされていた。「本当によかった」と喜ぶ人々の笑顔が映し出されていた。・・・>と書く。ご無事の誕生をわたしもよかったと思ったけれども、キリスト新聞のこの書き方は、ジャーナリズムに携わる者としての時局認識の甘さを露呈するものであり、大いに問題である。それとも、望楼氏は、百も承知の確信犯かと、疑いたくもなる。

 望楼氏にお伺いしたい。「この日のテレビは、喜び一色に塗りつぶされていた」ことに、何の違和感も抱くことがなかったのか、と。天皇死去時の「自粛」の再現ではなかったのか。「自粛」と裏表の「自祝」ではなかったのか。望楼氏が確信犯というのは、まさに、「自祝」に便乗する政治性を見るからである。

あれは、隠然たる力、見えない圧力に屈しての各局の報道合戦ではなかったのか。それが、戦後半世紀余りを経た今日の日本の状況ではないのか。望楼氏の発言は、キリスト新聞の社としての見解を表明するものであるのかどうか、紙面をもってお答えいただきたい。

この際、できれば、キリスト新聞の紙面は、どのような人たちによって構成されているのかも知ることができればありがたい。「望楼」に立つ人は、まずご自身の姿を現すべきである。

20011213

朝山正治

カンバーランド長老キリスト教会・国立のぞみ教会牧師
IPCC主幹
国立市東3-15-9



2001/12/17

今、「地には平和」
John Lennon の Imagine を聴いています。
24日夜のキャンドル・サービス(クリスマス燭火礼拝)では、Imagine のことも話そうと思います。
東方の博士たちや、野宿しながら羊の番をしていた羊飼いたちを通して告げられた「地には平和」の告知を、いま、正統を外れたIMAGINE に聞くことができる、と思っています。
朝山正治

イマジン ― 思い描いてみよ

ジョン・レノン 


思い描いてみよ。
天国などない。
どうということはない。
地獄だってありはしない。
あるのは、あの空だ。
思い描いてみよ。
みんな、今日を生きているのだ。

思い描いてみよ。
国境などない。
分かる人はわかる。
国とか民族のために
殺したり、死んだりすることはないのだ。
宗教もいらない。
思い描いてみよ。
みんなが、平和に暮すのを。

思い描いてみよ。
所有を主張することはない。
どうか、思い描いて欲しい。
むさぼる必要も飢える必要もない。
人はみな、兄弟だ。
思い描いてみよ。
世界は、みんなのものだ。

夢想家と呼ぶなら呼ぶがよい。
夢見る人は、わたしだけではない。
いつの日か、あなたも仲間に入って欲しい。
世界は、一つになる・・・。

(訳・朝山正治 2001/12/17


2001/12/16 Sun.

アドベント第三主日は、神学生の唐沢健太兄が講壇を担当した。以下は、その要旨。

「わたしは使者を送る」 マラキ31-5

唐澤 健太神学生

 先日、初めて「メサイア」を生で聴いた。心の底から感動した。全編を通して、ヘンデルの信仰の告白だな、と思わされた。その構成と曲調、歌詞でもある御言葉が一体化し、私に迫ってきた。「メサイア」は闇と光を巧みに表現している。序盤は、預言の部分である。そこで、イザヤ書40章の御言葉と合わせて、今日のテキストであるマラキ313節が歌われている。ヘンデルはこの部分をバスの低く重たい声で、「契約の使者」が来ると歌わせる。闇の中に告げられた預言を表現しているのであろう。そして、光―イエス・キリストの降誕ーへと進むのである。

 まさに、マラキ書が記された時(前460年頃?)は、闇のような時だったと言える。イスラエルはバビロン捕囚から解放され、神殿も再建された。一見明るい時代のように思える。しかし、人々の中に「神の不在」が広まっていたのである。人々は神殿再建(前515年)のあかつきには、イスラエルは栄光に満ち(ハガイ27-9)、土地も豊かに恵まれると信じていたが(ゼカリア89-12)、神殿が再建されてから50年以上がたつのにそのしるしが現われないばかりか、相変わらずペルシアの支配に甘んじなければならい。その中で、神殿再建がもたらした興奮は消え、失望が人々の間に広まっていたのである。そして、神に対する何のリアリティーも感じられないまま、祭儀は形式化し、神への無関心が広まっていたのである。「神は何処におられるのか!」と人々は問う。そして「悪を行う者はすべて、主の目によしとされ」「主はそれをよしとされる」と人々は言うのである。(マラキ217)これは一種の神に対する人々の皮肉である。これに対する答えが31以下に表わされる。「あなたたちが待望している主は突如、聖所に来られる。」これも面白いことに皮肉たっぷりの言葉ではないか。人々は「神に失望」しているのだ。

 この神と人々のやり取りは、今の私たちの中にある思いではないだろうか。「今、この世界の何処に神はおられるのか?」「今、この時代に神を信じるなど何の意味があるのだろうか?」そのような思いに苛まれるのはおかしなことであろうか。現実の世界を見るとき、むしろ自然なのではないだろうか。今、この時、「神に栄光あれ」と手放しで喜んでいられるのは全く現実を無視しているとしか私には思えないのである。

 しかし、しかしである。なおこのような「神不在」とも思える時に、「契約の使者」が来ると預言者は語るのである。「彼は、主にとって好ましいもの」とする為に来られるのである。私たちはここに、イエス・キリストを見るのである。イエスの生きた時代も「神不在」の時であったのだ。その中でイエスは「神の国」を語ったのである。それは「私たちの只中にある!」と。

 教会は、今の時代にあって預言者の務めを担うところである。そして、キリスト者一人ひとりが預言者として立てられているのである。その責務は重い。闇が深ければ深いほどその務めに耐え得るのか不安になる。「神は何処に?」と疑いたくもなる。エレミヤも神に同じように問うた。(エレミヤ121)しかし、エレミヤの問いは、「あなた」の答えがあるはずだ、その答えを早く聞かせて欲しいと願う祈りであり、神に対する真摯な問いなのである。私たちはどのような思いで神に問うのかが問われている。「神に失望」するのか、「神を待望」するのかを。

 「見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える」。「神不在」の時代に私たちは「神の使者」としてこの世に送られている。「神の使者」の務めは何か。「道を備える」ことである。第三アドベント、このことを心にとめて過ごしていきたい。今は、再臨の主を「待望」する時でもあるのだ。

2001/12/08

クーが死にました
  

クーが死にました。

17年前に、遠い地から車で連れてこられたのも、

土曜日でした。

122日、土曜日。

あしたからアドベントという日。

なぜ、こんな忙しい日に、といいながら、

迎えたことを懐かしく思い出します。

 

アドベント第二主日を前に

128日、土曜日、午前11時、

クーは、死にました。

クーを愛した妻久仁代は、いま、ここにいません。

教会です。

こどもたちと、あしたのこどものクリスマスの

劇の練習をしています。

 

きょうか、あした、クーは死ぬ。

死んでも、土、日のきょう、あしたは、

みんなには知らせないでおこう。

妻とわたしと、そう打ち合わせていました。

 

そして、いま、

わたしは、妻に知らせないでいる。

あとで、電話がきたら、

(教会の)ぼくの部屋のテーブルから、

デジタル・カメラを持ってきてくれ、

と頼むつもりだ。

 

生と死は、

人間の都合などおかまいなしに

やってくる。

それが、生であり、

死である。

 

犬の命も、

人間の命も、

同じだ。

 

クーにも、

クーが来る前に死んだチロにも、

天国で会える。

わたしは、

しずかに、

いま、

そう思っている。

 

クーは、

健康のうちに死んだ。

死ぬとき、健康だった。

昨晩、遅く、

硬いウンチを、ころっと一つ出した。

それから、少しして、

少しやわらかいのを少し出した。

その後、やわらかいのをもう一度だした。

 

明け方、エー、エーと、ないた。

二三日前までのエーン、エーンという

張りのある声とは違う。

さびしげに、

別れを告げるように、

ないた。

妻への、

精一杯の、惜別と感謝だ。

ぼくにはわかる。

 

わたしは、隣室の床の中で、

その間隔を計った。

いち、にぃ、・・・。

10秒に一回の割合で、ないた。

妻は、背をさすってやった。

「クー、眠れないよォー」と訴えた。

 

クーは、死んだ。

教会にいる妻からは、

まだ、電話がない。

2001/12/08 12:30pm.

2001/11/27

記録する人と物語る人


 総会議長ランディ・ジェイコブ牧師が来日し、一週間過ごして行かれた。

 ジェイコブ牧師は、アメリカの先住民の一部族、チャクトー・インディアンである。パスポートの上部に、大きく、Native America と印刷されているのには、驚いた。(Native American であるべきなのに、最後のnがないのはちょっと変だけれども、それについて聞くのは忘れた。)アメリカでは、先住民には被収奪者としての各種の特待事項があるようである。

 1122日から29日までの滞在の期間、半分ほどは、わたしの住まいである国立の牧師館に泊まり、いろいろな話をした。実は、98年の秋、わたしが総会議長であったとき、オクラホマ州のチャクトー中会を訪問した折、妻と二人、ジェイコブ牧師の案内で、四日間にわたり、ブロークンボウ(折れた矢)という町をはじめ、チャクトーの人たちの居住地を各地案内していただいた。ほかにもいろいろ接点があり、親しい間柄である。

 22日の夜おそく成田から我が家に着き、三人(ランディとわたしたち夫婦)で食事をした。妻がランディの胸にモデレーターズ・クロス(代々の総会議長にリレーされる白金製の十字架)に気づくと、オー、イエス!と言ってクロスを鼻に持って行き、アサヤマの匂いがする、と言って笑わせた。

 話は、尽きない。アメリカ先住民のことを、いろいろ聞いた。

 チャクトーは、歴史の伝承はどのようになされたか、と尋ねた。記録する人と物語る人と、両者は、まったく違うのだという話に、ああ、そうかと、飛び上がるほど驚いた。いつ誰が誰に何々を貸したとか借りたとか、そういったことを記録する人とは別に、かつてチャクトーの人たちの間で大事な役割を果たしたのは、ストーリー・テラー、物語る人であった。物語る人は、世襲の職ではない。賢者のだれかが、自然に物語る人の役割を果たすようである。彼はよい心で、知恵を語るのである。物語るのである。ある時、物語る人を訪ねた。あなたの物語を、もっと大勢のひとのところに出てきて語ってくださいと頼んだ。彼は、いや、わたしは出て行ってはなすことはしない。来るのをまつだけだと言った。それでは、聴く人がいないではないかと言った。あなたがここにいて、聞いているではないかと、言った。またある時、物語る人に、これこれのことを前に聞いたがというと。自分は覚えていないと言う答えが返ってきた、という。記録は、原型のまま残る。物語りは、状況により、変形しもするのである。

 記録によってではなく、物語ることによって伝承される歴史というか、生き方、共同体のありようというか、欧米の文化の線上の概念では捉え得ない、記憶の伝承の仕方があることに、わたしは、驚き、感動した。

 われわれの教会は、長老教会の一つである。長老教会は、会議を重んじる。個々の教会に、長老会(小会などと呼ばれる)と呼ばれる会議がある。その上にいくつかの個々の教会からなる中会があり、さらにその上に大会があり、それら全部を総括するものとして、総会(ジェネラル・アッセンブリー)がある。ランディは、その現議長である。わたしは、1998-99年に、アメリカ外からの初めての議長を務めた。)それらは、みな会議を構成している。だから、モデレーター、議長を立てる。書記長(ステイテッド・クラーク)の職も重要である。記録を、綿密に正確につける責任を負う。

 代表制の民主主義は、長老教会の制度にのっとったもののようである。会議において議決されたものが記録され、それに基づいて、すべてのことが行われるのである。

 物語りの世界は、これとは違ったものである。

 記録は、記録されたものを悪用する者を生み出す、とランディは言う。なるほど。憲法は、一つの記録である。日本人は、憲法第九条を、どう読んでいるか。

 物語りは、物語る人とそれを聞くものとの間にある何かである。それは、そこに生起するものであり、出来事と言ってもいいのではないか。欧米人は、何でも規定したがる。ディファインするとは、境界をはっきり示すことである。人と人との会話でも、何月何日何時何分というように、限定的に意味をはっきりさせることである。

 物語りによって伝承され継承される「歴史」「共同体」は、記録によって形成されるそれよりはるかに人間味のある温かいものであるように思う。

 われわれの教会でも、事柄をはっきりさせるには、議事録にはどうあるかということを調べる。誰がああ言ったこう言ったを議事録で確かめる。それは、正確なようで、必ずしも正確ではないように、わたしなどは思う。

 物語りの世界には、そのような記録はないらしいのである。

 これと関連することだと思うので、もう一つここで付記しておこう。

 そもそも、アメリカ先住民には、土地について、境界線の観念がなかった。川などがあれば、それがある種の境界線の意味を持つが、さもなければ、境界線の意識はないのである。それが当たり前の時代が、アメリカ先住民の中にはあったのである。

 われわれは、あまりにも記録に頼りすぎてはいないか。

 物語りの生活、われわれの間にもつい最近まではあったと思われる物語の生活を、回復しなければならないのではないか。会議制の長老教会においては、いっそうこのことが意識的に求められなければならないように思われる。

 そう言えば、議長という語の英語、モデレーター(Moderator)は、何もかも杓子定規で決め付けるのではなく、モデレイトする人、すなわち、「緩和し」「調和させる」人のことだ。記録に物語り性を添える役割が議長にはあるのだと思う。

蝶の話、チップマンクのはなし

アメリカ先住民に伝わるこんな話も聞いた。

 蝶は、美しい声をもっていた。

 いろいろな種類の鳥たちがやってきてさえずると、モッキングバードのようにそれらをまねて、その鳥たちよりももっと美しい音色で歌うことができた。

鳥たちは不愉快であった。

とうとうある日、創造主のもとに集まって、いっせいに訴えた。

「創造主様。あの蝶は、わたしたちみんなの声を真似て歌います。みんなよりいい声で歌います。それだけではありません。蝶は、自分の声では一つも歌わないのです。真似だけするのです。たまりません。何とかしてください。」

創造主は、鳥たちの訴えを採り上げ、それからは蝶が声を出して歌うことができないようにしてしまった。

その代わりに、どの鳥たちにも負けない美しい彩り(いろどり)の羽をあたえた。

そこはかとなくいい話だと思う。

物言わぬ蝶のこととなれば、こちらはやはり、「蝶墜ちて」のはなしになる。上の話にも、どこかつながるところがあるような気がわたしにはする。

蝶墜(お)ちて 大音響の 結氷期

ランディは、少年のころに、一度だけ神の声を聞いた。

公立のインディアン小学校の生徒だった。(ランデイは、1937年生まれ。64歳。)野外授業で、各自、山や野原に行って、何でもいい、動物を一匹生け捕りにしてくるという課題を与えられた。捕らえたものは、それぞれ大事に飼うのである。

ランディは、野原で、リスよりもずっと小型のチップマンクを見つけた。近づいていくと、チップマンクはさほど大きくない一本の木に登っていった。しめたと思った。下から登って行って、てっぺんに追い詰め、手で捕らえることができると思った。

木によじ登り、てっぺんに近づくと、体重で木がしなり、先っぽが地面を向いて曲がってしまった。せっかく追い詰めたのに、逃げられてしまった。何ということだと、腹が立ち、神をのろった。

その時、あとにも先にもただ一度の経験だが、神の声がここに聞こえたと言って、ランディは両耳の上あたりを両手でたたいた。

「ランディ。お前が自由でありたいと同じように、チップマンクも自由でありたいのだ。」

以来、犬も猫もどんな動物も飼わないことにしている、というのである。

我が家の愛犬ケンとクーが話題になったときの話である。



2001/11/12

恐れるな、小さな群れよ (2)
ルカによる福音書 12:32

「慶長五年(関が原の合戦の年)の何月何日に、大阪城で、どういうことがあったか、ということではなくて、そのときに、道修町の、ある商家の丁稚(でっち)が、どういう悲しい思いをしたか、であって、その悲しい思いの中から、彼がどういうことを、しようとしたかということを探究するのが文学の仕事だと私は思います」と語ったのは作家の山本周五郎であるが、これは福音書の記述、編集の手法に通じるところがある。

 <そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令が出た。・・・ところが、彼ら(ヨセフとマリア)がベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。・・・・・・>(ルカ福音書2:1-7

 ヨセフもマリアも、公認の歴史書に名前が出るような人たちではない。名もない小さな人たちである。福音書は、そういった人たちに起こったさまざまの事件や出来事を書き留めている。それは、聖書の神が、小さい者たちに目をとめてくださる神であるからだ。しばしば引用する個所であるが、パウロも次のように書いている。<兄弟たち、あなた方が召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。>(コリント一1:26-28

 社会的にもっとも低いところに追いやられている人たちを神はあえて選ばれたというのである。これを書いたパウロ自身は、もともと底辺に生きるひとではなかった。むしろエリートであった。しかし、いま彼がこのように書くとき、決して高いところから語ってはいない。彼は、自分の小ささをだれよりも深く知っている。

この世で一般的に名もない小さい人たちが、必ずしも小さいのではない。小さい者たちが他の弱い者をいじめたりすることは、よくあることである。反対に、社会的に優位な境遇の者の中にも、小さい者の一人として生きる者もいる。ペシャワール会の日本人医師中村哲さんのような人は、その一例である。あえて日本人というのは、それがすでに優位な境遇を意味しているからである。

 真に大きな方に出会った者が、ほんとうの小ささを知るのである。「わたしの魂は主をあがめ、・・・」で始まる「マリアの賛歌」の「あがめ」は、「大きくする」という意味である。マリアは、人と比べてではなく神の大きさの前で自分の真の小ささを知り、さらには、「権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ」られる神を経験する。それが、「マリアの賛歌」(ルカ1:47-55)である。

 百年前に、新渡戸稲造は次のように書いている。<国家は人間の全体を包含しはしない。人間は国家より大きい。人間は自分の内に、この世の国や、国家の一切の主張を超越するものをもっている。人間の無限の魂を、国家の限られた枠組みの中に閉じ込めることはできない。> 彼も、信仰を通して、人間の卑小と偉大を知った人の一人である。

 (秋の教会員総会「資料」巻頭の一文も、あわせて読んでいただきたい。)
(01/11/11)


2001/11/09

とりあえず臨時にこの場所に入れます。近日中に、
説教要旨「マルコ福音書」の場所を作りそこへ移転します。

時は満ち、神の国は近づいた マルコ1:14-20

 中学一年の終わり、328日イースターに、洗礼を受けた。遠い昔のことなので、はっきりしたことは覚えていない。ただ、「すべてを捨てて従う」(記憶では、「一切を捨てて」ということば)ということが、―それをどう理解しどのように自分に説明したかは忘れたけれども― 受洗の決心におけるいちばん大きな問題だったことを、ペトロをはじめとする四人のガリラヤの漁師たちがイエスに見出され、最初の弟子になったときの記事を読みながら、わたしなりの感慨をもって思い出している。

 <二人(ペトロとアンデレ)はすぐに網を捨てて従った。>
 <この二人(ヤコブとヨハネ)も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。>
 ルカ福音書では、<(すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」)そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。>

やはり、イエスの弟子になる絶対的な要件は、「捨てて従う」ということだ。ここをあいまいにしてはならない。ここがはっきりしないと、クリスチャンになったと言っても、何一つ変わらない。一皮むけば、敬虔の厚化粧の下から、もとの顔が露出するのである。これは、個人の信仰について言えることであり、キリスト教会とかキリスト教国とかいう塊について言えることである。アメリカは、圧倒的にキリスト教の国である。しかし、連日連夜の、星条旗と God, bless America 等の愛国歌にはうんざりする。大好きなアメリカではあるけれども、アメリカ人だけが人間なのか、神はアメリカの守護神なのか、と言いたくなる。そこでは、アメリカが主で、神は従なのである。あまりにもあからさまな主客転倒のこの姿は、一皮向けば我々自身の実体であるのかも知れない。我々の神も、「主なる神」ではなく「従なる神」でしかないのではないかということである。

「捨てて従う」ことともう一つ重要なことは、「すぐに」従うということだ。

イエスの弟子になるということについて、錯覚しているところがありはしないか。つまり、自分のチョイス(選択)として考えているところはないか。イエスの弟子になるということが起こるのは、こちらの選択(好み、都合、勝手)ではない。神の側の選びなのだ。イエスが、ペトロたちを見出し、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われたのだ。すべては、イエスにおける神の選びから始まる。我々の側の用意や態勢が問題ではない。我々は、「すぐに」従うのである。

「時は満ちた」「神の国は近づいた」。イエスによってもたらされる新しい状況が、「イエスにおいて『既に』到来した時」として、「イエスにおいていま『将(まさ)に来たらんとする』時」として語られている。『既に』と『将に』の緊迫した状況において、「悔い改めて福音を信じなさい」と、決断への強い呼びかけが発せられている。

 時(カイロス)は、最後のときとして、急速に縮まって行く。縮まる時が、同時に、将に来たらんとする時として限りなく引き延ばされて行く。このことをペテロ書はこのように書いている。<愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。主の日は盗人のようにやって来ます。>(ペテロ二3:8-10

 終わりの時へと縮まりながら引き延ばされている決定的なカイロスの前に、いま立たされている。  (01/11/04)

 

 

荒れ野の試練 マルコ福音書1:9-15

 清水郁子先生のことを思い出しています。母校O学園の創設者として知られる清水安三先生の夫人。御茶ノ水出のクールでいかにも秀才肌の郁子先生は、人気の点では庶民派の安三先生にかないませんが、この方を抜きにしてO学園を語ることはできません。

 授業の延長でわたしを含む数名の高校生が、郁子先生の執務室に招き入れられ何か話を聞いたことがありました。中心が何の話だったかは覚えていませんが、一つ印象に残っているのは、先生が英字新聞を広げてあちこち目で追いながら小さいコラムに目をとめ、「人工頭脳」の開発が進んでいる。今に世の中が変わるでしょう、と言われたことです。いまや世界中IT革命の時代ですが、当時は「人工頭脳」などと言っても特別な関心を示す者はだれもいませんでした。半世紀近く昔の話です。

 これは中学生の時のことですが、朝の礼拝で先生がいま思えばエフェソ書6章からお話された。話の細部は覚えていませんが、聖書の言葉を引用しながら「神の武具を身に着けなさい」と言われたのが、なぜか鮮烈な記憶として頭に残っています。

 きょうの聖書の個所を読みながら、郁子先生を思い出し、コンピューターと神の武具のコントラストを考えていたわけです。O学園は大きな学園になりましたが、近年、「キリスト教色を薄めないと、私学冬の時代を乗り切れない」派と、「私学の生命線は建学の精神だ」派との間に熾烈なせめぎあいがあったとか。学校は、一つには経営ですから、苛烈な競争を生き残るためにはキリスト教色云々の議論も出てくるのかもしれません。

それはともかくとして、これは学校の話です。わたしたちにとって大事なのは、教会の話です。

まさか、何とか教会と名の付く教会で、キリスト教色を薄めなければ具合が悪いなどということが論じられるような教会があるとは、夢にも思いません。ね!

しかし、ほんとうはどうか。

礼拝堂に星条旗を運び込み、真ん中に立て、それを囲んで、讃美歌と愛国歌を歌っているアメリカの教会は、どうか。これほどにあからさまにキリスト教色を薄めた集会はないと思いますが、それに気づく者はむしろ少数派のようです。つまり、アメリカのキリスト教は、一皮むけば、極めて非キリスト教的なキリスト教であった。それがいま明らかになった、と言ってもいいのではないか。

「悔い改めよ」「福音を信ぜよ」とは、まさにこのような状況にある「キリスト教徒」たちに向けて語られる言葉ではないのか。

アメリカのことを言っているのではない。この国の教会のこと、このわたしたちの教会のことを言っているのである。この世の原理が、教会を支配してはいないか。サタンでさえ、聖書の言葉を用いてイエスに挑戦し、誘惑する。一皮むけば、この世の原理がうごめいているのではないか。イエスは洗礼を受けられたとき、<天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。> 

天に聞くか、地に聞くか。この世の原理に立つか、神の国の原理に立つか。福音の宣教は、この問いの前に立つところから始まる。それが、荒れ野の試練だった。(01/10/21)

 

 

荒れ野で呼ばわる者の声 マルコ福音書1:1-8

<神の子イエス・キリストの福音の初め。> マルコ福音書は、慰めに満ちたこの序唱で始まり、15節、<「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」>のイエスの第一声で、いよいよ福音宣教の幕が切って落とされます。基調音は、「福音」、「よき知らせ」です。イエスは、よい知らせそのものです。イエスと共に、神の国が到来する。イエスの到来と共に、神の愛の国がわれらのただ中に実現する。

 福音は、いかなる状況に向けていま語り告げられているか。状況の認識、時の認識が、いま問われています。<荒れ野で叫ぶ者の声がする、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。」> ヨハネ福音書は、この状況を、<光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。>と表現しています(1:5)。

 闇を知らなければ、光は分からない。光は、見えてこない。

 今日のこの国の悲惨は、闇を知らないことです。だから、光を求めない。福音を理解することができない。闇は、ますます深まり、ついに滅びに至る。まさにどん詰まりの状況に、いまわたしたちは来ているのではないか。

 <洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。>

 罪とは、闇の中にいて闇を知らないことです。危機のときを知らないことです。ヨハネは叫んで言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などという考えを起こすな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」(ルカ3:7-9

 誤解を恐れずに言えば、アフガニスタンの木の一本もはえぬ荒涼たるどこかの山岳地からアメリカに向かって挑戦的なアジテーションを放つオサマ・ビンラディンの姿を見ていると、その背景といい、いでたちといい、何ほどか洗礼者ヨハネのある一面をしのばせるものがないでもないような気がします。<領主ヘロデは、自分の兄弟の妻ヘロディアとのことについて、また、自分の行ったあらゆる悪事について、ヨハネに責められたので、ヨハネを牢に閉じ込め、こうしてヘロデは、それまでの悪事にもう一つの悪事を加えた。>とルカは書いている(3:19-20)。ヨハネも、絶望の中で、勝ち目のない戦いを戦ったのかも知れない。彼は、捕らえられ、首をはねられる。闇は、深い。

 <ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。>のです。

 ヨハネは、「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない」と語っている。

 ビンラディンに正義があるとは思わない。しかしだからと言って、アメリカが正義だとは到底言えない。「正しい者はいない。一人もいない。」(ローマ3:9-20を見よ!) 

 まさに絶体絶命のどん詰まりにおいて、いま、イエス・キリストの福音を聞く。

                                                                   (01/10/14)



2001/10/30
恐れるな、小さな群れよ
ルカ福音書 12:32

<小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。>

 「小さな群れよ」と呼びかけられているのは、教会である。
 教会は、小さな群れなのである。

 いかなる意味においてか。

 財政的な規模が小さい。人数が少ない。日本において、クリスチャンの数は、人口のわずか1パーセントにも満たないといわれる。小さい。

 「小さな群れ」とは、そのようなことを指して言われたことばであろうか。いわゆる「教勢」に現れた小さな数字のことが言われているのであろうか。

 「小さな群れよ、恐れるな」と言われている。「恐れるな」と言うことばが語られている個所を見てみよう。

 <天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。・・・」>(ルカ1:13)老齢のザカリアと妻エリザベトに、救い主イエスの先駆者となるヨハネの誕生を告げる天使のことばである。ヨハネが誕生したとき、ザカリアは、「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。・・・」と歌っている。

 <天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。・・・」>(ルカ1:30) ガリラヤの名もない女性が、救い主の母となる。そこに、恐れがあったのである。

 <天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。・・・」>(ルカ2:11)原文は、「あなた方に告げる」である。救い主の誕生のニュース(福音)をすべての民に伝えるその重大な使命が「あなたがた」すなわち羊飼いたちに委ねられていることを告げることばである。

 <イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」>(ルカ5:10) ガリラヤ湖の一介の漁師が、神の国の福音の宣教に召されるときのことばである。

 「小さな群れよ」とは、教勢の話ではない。

「小さな群れよ」とは、委ねられたミッション(務め)の大きさに恐れを抱きおののく者たちに向かって語られた言葉である。ただ一般的に小さいのではない。ザカリヤにせよ、マリアにせよ、あるいは羊飼いたちにせよ、あるいはペテロにせよ、彼らがそれへと召されたミッションは、到底、人間の力によって遂行し得るものではない。だからこそ、「恐れるな」と言うことばが語られるのである。

我々は、「恐れるな」ということばを必要とする水準で教会の働きを受け止めているであろうか。我々が心配し恐れているのは、「世の異邦人が切に求めているもの」をめぐるものでしかないのではないか。

「小さな群れよ、恐れるな」と呼びかけられる教会にならなければならない。

                       ―「秋の教会総会資料」巻頭言



2001/10/27
平和への祈り

 1027日付朝日朝刊の二つの記事に強い共感を覚えた。心からの賛意を表明したい。一つは、<京都市右京区の寂庵に住む作家、瀬戸内寂聴さん(79)が26日、米英軍のアフガニスタンへの武力攻撃の中止を求め、断食を始めた。>という記事。<瀬戸内さんは関係者を通じて、「テロはゆるすことのできない犯罪ですが、武力報復も同罪。テロとアフガニスタンの犠牲者の追悼を祈願したい」とのコメントをだした。<28日までの3日間、寂庵で写経をして過ごす。この間は水分以外は取らない。>

 わたしも、今週、短い期間でも、断食し、心を合わせたい。

 もう一つは、医療援助NGO「ペシャワール会」現地代表(医師)の中村哲さんによる「アフガン 難民を出さない努力が先」と見出しを付された文章である。少し長いが、「写経」の思いでここに書き留めることにする。(著作権云々の問題があるとすれば、この際、事後承諾をいただくことにしたい。)

 以下、引用:

107日、平和への願いを押し切って米国の「報復」が開始され、多くの市民たちが爆撃の犠牲になっている。そして2週間とたたないうちに、「タリバーン後」がとりざたされ始めた。しかし、現実は西部劇やゲームではない。私たちが知る現地の生々しい実情は、政治家や評論家が語る紙上の想像からは程遠い。決定的なカギをにぎる多数派パシュトゥン民族を始め、肝心の民衆の動向が紙面から見えてこないからだ。

 そういえば分からないことずくめだ。爆撃がし烈になる一方、100以上の「人道援助」国際団体が、大量の難民流出をまるで期待するかのように、パキスタン側で待機している。だが、予想された怒とうのような難民の姿は見られない。いつの間にか定着した「正義の米国対悪のタリバーン」という単純な図式はあまりに無理があるし、米英に押されて北部同盟が「圧制の解放者」だとはだれも信じていない。「国連管理政権」というのも、いまひとつ足並みがそろわない。

 この中で私たちペシャワール会は、爆撃の下で黙々と首都カブールの五つの診療所を運営し、さらに干ばつ避難民が集まるこの100万都市で厳寒の冬を生きて越せない人々、約10万人を対象に食料配給計画を開始した。世界食料計画(WFP)の配給体勢が整うにはなお時間がかかると予想される。

 実は、人々は餓死者100万という修羅場の中で、生き延びるのに精いっぱいなのだ。旧ソ連軍の精鋭10万人の大軍をもっても制圧できなかったアフガニスタンの広大な国土の9割が、兵力わずか2万人のタリバーン政権で支配され続けたのはなぜか。

 この事情の背後には、アフガニスタン民衆自身が過去20年以上の内戦に疲れきり、平和と国家統一を求めていたことがある。彼らは、いわゆる「国際社会」に黙殺されながら、自らの生を防衛してきたというのが真相だ。

 すなわち、現在進行する構図より大きな目で見れば、「近代文明を自負する国際社会」対「その枠内に収まりきれぬアジア伝統社会」との、かみ合わぬあつれきというべきであろう。確かなことは、これが何かの終極の初めであることだ。

 目先の景気対策や国際的発言力ではなく、私たちが自明のように使う「国際社会」とは何かを改めて問い、もう一度白紙から、人間としての一致点と、何を守るべきかを模索することこそ緊急事態のように思えてならない。

 会ではアフガニスタンの人々に小麦粉などを送る「いのちの基金」を訴えている。飢餓対策の即時実施に踏み切ったのは、その一つの試みにほかならない。1020日、第1陣の500トンの小麦粉と4200キロの食用油がペシャワルから輸送され、さらに第2次、第3次の大量輸送を次々と計画している。まず飢餓と戦乱による難民を出さぬ努力が先である。

 だが、戦局の展開や戦後処理の動きだけがいたずらに伝えられ、逃げまどう物言わぬ民の実態は伝えられない。ほとんどの人々は、難民にさえなれないのだ。

 図らずも今回の暴力的対決は、我々の誇るべき文明が、古代から変わらぬ野蛮と暗い敵意の上に張る薄い氷にすぎないことを実証した。平和の声を非現実論だと冷笑し、暴力とカネを拝跪する風潮こそ戦慄すべきである。 

 敵は、実は我々自身の心の中にある。強い者は暴力に頼らない。最終的に破局を救うのは、人間として共有できる希望を共にする努力と祈りであろう。>


2001/10/19
教会という「場」

 <焚くほどは風がもてくる落葉かな> この歌は記憶では最初母がへっついに火をくべながら話してくれた話の中で聞いた。キリスト教の中学校に入って、「明日のことを思い煩うな」という聖書の言葉を聞くよりもずっと以前のことだった。そのほか良寛さんのことは、栄達を求めず田舎の寺で子供たちと遊んでいたとか歌や書がうまかったとかいうことを、大昔(江戸後期)の人なのにうわさを聞くような感じで聞いたように覚えている。百科事典を引いて、良寛は「僧ではあっても生涯寺を持たず無一物の托鉢生活を営み位階はない。・・・子供を好み、手毬とおはじきをつねに持っていてともに遊んだ。・・・人と自然を愛して自然のなかに没入していた」などと書かれているのを見ると、うわさはほんとうだったと思ったりするわけです。

 で、教会には、ひとりや二人の良寛さんがいてもいいのではないかという思いがする。今の時代は、制度や規則や規制が張りめぐらされていて、良寛さんが成り立たない世の中になってしまった。世間離れした良寛さんだって、実は良寛さんが成り立つ背景があってはじめて良寛さんは良寛さんをやっていられたのであり、決して、良寛さんがひとりで良寛さんをやっていたわけではなかったと思う。

せめて、教会では、そういったことが成り立っていいのではないか。教会は、時代のシステムの中にあって近代化のメリットはメリットとして生かしながらも、この世の原理に支配されない世間離れした不思議な場として在ることが求められているのであり、そこに教会の証しがあると思う。

福祉や医療がさまざまの規制や行政の管理のもとにおかれているのを、われわれも時代の子として無批判に受容しているところがある。イエスが、律法の規制のもとに非人間化して行ったユダヤ人社会のありかたを根本的に問い直したように、われわれはこの時代の時間や経済について根本的に問い直しながら、何よりもまず教会の中に人間性を取り戻して行かなければならない。

うわさに聞いている良寛さんのことともう一つ気になっているのは、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」である。小さな人間の視点に立って、弱い人間の個々のニーズに応えて生きようとする、愚かな小さい人間の実にヒューマンな祈りがそこにある。「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」ということばで結ばれているが、教会の祈りもそこにあるように思う。

良寛さんや、「雨ニモマケズ」や、マザー・テレサが成り立つ場として教会はある。そういった教会に、わたしたちはなりたい。 

― 国立のぞみ教会「カイロス」誌0110月号より




2001/10/08

平和への道 ルカ福音書19:28-44

ああ、ニューヨーク! ワシントン! そして、ピッツバーグ!
大惨事の犠牲になった人たちと遺族の方たちへの深い哀悼の意を表します。
愛するアメリカの兄弟姉妹たちの痛みと悲しみを分かち合いたい。
招かざる受難には、贖罪の意味がある。
犠牲を無駄にしてはなりません。
わたしたちは、いかなる暴力も否定します。
アメリカは、解決の手段として「戦争」の道を求めてはなりません。
アメリカ政府の自制と冷静な対応を求めます。
それにしても、われわれの国の政治の貧困。
親分アメリカの言うことなら何でも聞きます。なんでもします。
日の丸はためく艦隊をインド洋に送り込みます、と。
世界有数のこの国の軍備をひけらかし、使って見たくてたまらない、
小泉首相の哲学なき発想発言には、大きな失望と深い悲しさを覚えます。
日本は、憲法第九条を二十一世紀地上最強の武器として用い、
アメリカに対しては、今こそ抑制のきいた大国の政治を行うよう、
友情ある説得に努めるべきです。
辻元さん。福島さん。土井さん。よかったら、田中さんも。
憲法第九条を軸とした新しい党を立ち上げなさい。
No More Violence!
No More War!
911日は、巨大なものが倒壊した日として記憶されるでしょう。
帝国の時代は、ついに終わった。
教会のコイノニア館(牧師館)の小さな庭の
台風で倒れ切り倒された桜の木の朽ちた株に、
廃墟と化したWTCの跡地にも似た朽木の株に、
見ると、名も知らぬ野の花が咲いている。
「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで 
その根からひとつの若枝が育ち」(イザヤ書11:1)。
「菫程(すみれほど)な小さき人に生まれたし」(漱石)。
21世紀は、小さき者、名もない人々の世紀。
「もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」
イエスはエルサレムに近づき、都が見えたとき、その都のために泣かれた。
「もしこの日に、お前も平和への道を知っていたなら・・・」
「主がお入り用」なのは、子ろば。
艦隊ではない。軍用機ではない。戦車ではない。
ひとりの人を乗せてとぼとぼ歩く、ろばの子です。
Be small!
Be a person!
イエスとともに、小さくなりましょう。



2001/09/24

An Appeal in This Difficult Time

Rev. Masaharu Asayama

Special Greetings to Christian Friends in This Difficult Time

I send you greetings in Christ in this difficult time.
I feel like one of Job's friends who sat with Job without a word for seven days and seven nights, because they saw his suffering was very great.
I am afraid that I might utter unwise words like them.
Forgive me before hand for my poor words.

Dear friends,
I heartily share the sorrow, pains, and even anger with you for the loss of thousands of precious lives. I hate terror! I hate terrorists!
Allow me, however, to ask to ourselves in the midst of the tragedy.
Should we make the death of thousands of people in New York, Washington, and Pittsburgh worthless and meaningless? We do believe that the unearned suffering of those people and the US people has the redemptive meaning. As Christian people, it is time for you to show your Christian love and patience, isn't it? Let us look up to the cross of Jesus, who said on the cross, "Father, forgive them; for they do not know what they are doing."

Dear friends,
Retaliation is not the answer to the cruel violence.
War is no solution to it.
You can smash cockroaches with the sole of a shoe, but not a virus. By smashing cockroaches, you will be spreading all over the world the virus of hatred, enmity, distrust, and everything that destroys our human community. We are the people who have been called by God to be the peacemakers, aren't we?

Let us pray and work for breaking the vicious circle of retaliation.
Let us use this unprecedented tragedy to express to ourselves and to show world our Christian faith, hope, and love.

No More Violence!
No More War!

May God bless you.

In Christ,
01/09/24

Masaharu Asayama
IPCC chair



2001/09/18

No More Violence, No More Guns, No More War

Rev. Masaharu Asayama

(Sermon delivered for the Opening Worship of Cumberland Presbyterian Church General Assembly on June 21, 1999, in Memphis)

In April (in 1998), the worship director of the General Assembly e-mailed me to ask about the passage of Scripture that would be used for this opening service. I wrote him back the passage would be Luke 19:28-44 which was just read in the beginning. To tell the truth, I chose this passage without much thought into it. As Moderator of the General Assembly traveling various places, I felt like the colt that Jesus is riding on and is led by the Master and goes where He wants it to go.

At the latter part of my service as Moderator, I had a strange dream. In the dream, three passages of the Bible were read. I could not tell if I was reading it or someone was reading it to me. I was asked to preach in Japanese and I walked up to the podium to preach. But somehow my Japanese does not come out of my mouth. I cannot utter even one Japanese word. You know Japanese is my first language, my mother tongue. I would understand it if I was not able to speak English as I always struggle with English, a foreign language to me. But to not be able to utter a single word of Japanese my mother tongue was disturbing. After that I woke up and sat on the bed for some moment in confusion and bewilderment.

I have often thought about this dream since then. It made me think about Zechariah, the father of John the Baptist, who became mute because of his little faith. He was able to speak again after he wrote down the name of John which the angel had told him to name his son.

We need to speak the words God gives us. That is our responsibility as Christians, as preachers, and as a church. In order to be able to utter God’s words, our mouth sometime is closed. We become mute. These are my thoughts and interpretation of this dream.

As I chose today’s passage and in thinking about Jesus riding on the donkey and thinking that I am the donkey, I realized that this is a very heavy thought.

The colt heard Jesus say, “I tell you this, if these were silent, the stones would shout out.” The colt must have felt the sadness in Jesus’ heart and must have felt the tears as Jesus cried over Jerusalem. The more I thought about it, I began to regret choosing this passage without much thought.

“The stone would shout out.” These are passionate words and are the kind of words that are rarely heard these days. These words were said to the Pharisees when they asked Jesus to stop his disciples praise God with loud a voice. Jesus is expressing his deep love and care for the smaller people. It is like in Matthew 9 when Jesus saw the people and had compassion on them because they were helpless like sheep without a shepherd.

While I moved around in the States, I was impressed with the richness and variety of the hymns and singing. I found out that there are many wonderful traditional hymns and many wonderful contemporary songs. I was deeply impacted by the new song by Brian Wren titled “Here I Am”.

It goes like this:・・・・・・

Jesus says, “Here am I.” And he is asking each one of us, “Where are you?”

The Cumberland Presbyterian Church is the church on the frontier. I ask what “frontier” is today. I believe the frontier is the place from where Jesus says, “I am here.” I believe the frontier is the place from where Jesus asks us, “Where are you?”

We see the frontier in Columbia. We see the frontier in Liberia, Africa. We see the frontier in Hong Kong and China. We see the frontier in Japan. Some say that there is no longer a frontier in the United States. But I would say that is wrong. There is surely a frontier even in the United States.

Jesus said, “If these were silent, even the stone would cry out.” Jesus, with those people who are weak spiritually, physically, or materially, with those who are crying for help, is asking us, “Where are you?”

As we, the Cumberland Presbyterian Church, look toward to the 21st century, how should we answer Jesus’ question of “Where are you?” I believe that we should answer, “Dear Lord, we want to be with you, so help us.”

The colt could feel the sadness of Jesus as he cried for the city. I had the opportunity to visit Oklahoma City and the place where the Federal Building was destroyed by terrorist bomb. There, 160 people were killed including many children. There was a statue of Jesus built by the Catholic Church in a corner of the land. Jesus is standing with his back turned toward the destroyed building. His hands are covering his tear stained face. It reminded me of Jesus weeping for the city of Jerusalem.

Jesus is weeping for Kosovo. Jesus is weeping for today’s Jerusalem. Jesus is weeping for Memphis, Tokyo, Beijing, Armenia, New York, and the world.

“No more violence! No more guns! No more war!”

Christians are those who work for peace. “Blessed are the peace-makers, for they will be called children of God.” The Cumberland Presbyterian should be a people who work for peace in the 21st century. We are here as the representatives of our churches. We have been chosen to bear the great responsibility at the turn of the age. Is it not that when we are carried by the wind of Holy Spirit and when we are under the leading of Jesus as a donkey, that we can be used by God in this wonderful way?

If someone asks us “why we are here”, we can answer, “The Lord needs me.” The Lord needs us. Let the Lord guide our Church. Let the wind of the Holy Spirit carry our church according to God’s will.”



2001/09/11
 台風15号。朝、鎌倉に上陸。都心を直撃の情勢ということで、今朝、11日の朝は少し緊張して「待って」いたけれども、この辺(国立)は大したこともなく過ぎていきました。昼過ぎ、牧師館から5分の教会へ来てみると、道沿いに立てられた幅一間の教会案内の看板を額縁のようにかっこう好く覆っていたピラカンサスの木が根こそぎにされて半分道路に向けて倒れていました。のこぎりと剪定鋏で、実をいっぱいつけている枝を切断して片付けました。こんなにも繁茂していたかと驚くほどでした。直径15センチはあるかっこう好く湾曲した幹の部分と少しの枝葉は残して立て直しました。

 右腕に、ピラカンサスのとげで引っかいたらしいSの字の傷が大きくついていました。ソウテール、セイヴィアー、救い主。いずれもSだな、ととげでできた傷を見ながら思いました。

 テレビは、多摩川の増水の様子を映し出していました。わたしも、きのう府中の橋を渡るとき、満々の濁流を見ました。関田寛雄先生たちによって創建された川崎の戸手教会とヨルダン寮はどうなっているだろうか。気になります。多摩川の河川敷に建った戸手教会は、その一方の端は、普段の時でも、河口に近い多摩川の汚濁した水に浸されていたのを思い出します。

 一年前から計画し9月9日(日)午後に開催が予定されていた東小金井、めぐみ、国立のぞみの第2回三姉妹教会対抗ソフトボール大会は、台風前ぶれの気まぐれな豪雨のために、あっけなく流れてしまいました。みんなの落胆振りといったらありません。代わりに、急遽、うちの教会に集まって、卓球大会を開きました。ダブルス総当りで、結局、国立のぞみ教会牧師のペアが優勝を飾り、ひまわりの花束を授与されました。

 八月の終わりには、信州で開かれたM.L.キング研究会夏季研修会に、妻と二人で出て来ました。上信越自動車道、東部ICを出て、南へ20分ほど走ると眺めのいい標高千二三百メートルのところに会場の北御牧村村営のArt Village 明神館のしゃれた施設が建っています。クルマでやって来た方向を振り返ると、しばらく忘れていた濁りのない空色の空のしたに、軽井沢の方から見る独峰浅間山の優美な姿とは趣を異にする浅間連山のきれいな山並みが東西に走りその広い裾野に村々の家並みが点在し、それを眺めているだけでゆったりした幸せな気分に満たされました。

 キング研のあと、三日目は、三才山(みさやま)トンネルを通って松本へ出て、そこから北上して安曇野へ行き一泊しました。安曇野の村に引っ越していった身内の者の案内で、大町から30分ほどの、葛温泉で温泉に入りました。これぞ温泉。わたしにとっての理想の温泉が、そこにありました。松川村の町田登、幸子夫妻がやっているリンゴ園へ行きました。二人が出している「通信・林檎停」に、<私たちが山を切り開いてりんごを植えた。そのことによってサルやクマが里まで降りるようになった。当然といえば当然の図式になるのであるが、彼等は話し合いの席にはついてくれないから、人間の知恵で解決するしかない。さてどうしたものだろうか。>といったことが載っていました。佐久で、畑仕事をしながら伝道しているキング研の世話役の山本将信牧師やここの町田さんのような、都会から遠く離れたところで厳しい現実と戦いながらそれこそほんとうにロマンティックに暮らしている人たちを見ると、世の中まだまだ捨てたものではないな、となにかありがたいような幸せな気分になります。

 信州は、どこも美しい。
 いい夏休みでした。

 パーソナル、ローカル、グローバルな視点ということについていろいろ思い巡らす機会になりました。ローカルの視点。地域、地方からの視点ということを、少し考えたいという気がしています。



2001/08/17
靖国の本質
8月15日午前、小泉首相の靖国参拝に抗議するキリスト者たちが三々五々総勢二百数十人、千鳥が淵墓苑に終結、靖国神社に向かった。後から見ると、警察のたくみな誘導によって動きの取れない狭いところへと連れて行かれ、右翼暴力集団の口汚い口撃と女性にも暴力で襲い掛かる攻撃にさらされることになった。警察、SP、機動隊が間に入っておとなしいキリスト者の群れを守るという、実に皮肉な状況となった。(01/08/15)

自民党の元幹事長野中広務氏は、昨夕8月6日(月)、テレビ朝日ニュースステーションに生出演し、小泉首相の靖国参拝に反対する強い意志を表明しました。与党の中枢にある人の言葉として極めて重要です。事態がいかに深刻な状況に至っているかを物語っています。戦後日本の歴史教育の不備にも触れたが、その見識にわたしたちは敬意を表します。まさに救国的発言であったと思います。身辺によこしまな闇の勢力の脅迫や物理的な危害が及ばぬよう、心よりお祈りします。
この国に、わずかでもまだ希望が残されている!(01/08/07 3:00am)

小泉首相!「やめなさい!」

国立(くにたち)が危ない。みなさんの祈りを!

「憲法記念日の祈りにアーメンを!」
ipccフォーラムの「憲法記念日の祈り」に、「アーメン」の一言をお寄せください。


アメリカから、Ms Beverly St.John(セントジョーンさん)と曾孫で15歳のchelsea(チェルシーさん)が、六月中旬に来日し、二週間ほど牧師館に滞在しました。チェルシーは、心臓移植の後遺症でまだ歩行が不自由なので、鎌倉はあきらめ、近くの殿ヶ谷戸公園を歩きました。写真は、チェルシー(車椅子)、セントジョーンさん、そしてわたし(あさやま)。

小渕政権以降、戦後最悪の状況がすすんでいます。暗愚暗黒時代といっても過言ではありません。アジア蔑視、脱亜入欧米の小泉政権の先行きは、決して祝福されたものではありません。8月15日の靖国参拝を公言して憚らぬ小泉首相の言動を黙視することは断じて許されません。(7月5日の朝日の社説を、フォーラムに引用しますので、お読みください。



1996/09/05
IPCC TALKきのう(96/9/4)、カリフォルニアのWさんという方から、Eメールが届きました。「IPCCのインフォメーションを発見し興味を覚えました。もう少し詳しく活動内容など教えていただければ幸いです」とありました。
ついに、応答がありましたね。
はい。とてもうれしかった。さすがインターネットです。はじめての方の IPCCへのメールが、海の向こうからというのは、とても感動です。IPCCは、正直のところ、見切り発車のようなところがあります。いや、核心(確信)は、あります。どう展開するか。それが、力のないわたしには大問題なのです。しかし、力のないただのひとが、地球のあちらこちらから大事なことに向けて何かを始める。それが、IPCCの一つの証しというわけですから。

ウインドーズ95のリリースに時を合わせてとにかく発車させたということですね。
そうです。とにかく「表紙」だけでも発表して、しばらくは寝かせておくことにしようと思ったわけです。イエスさまもしばらくは飼葉おけの中でただ寝ておられたわけですからね。マリヤさんたちが、飼葉おけをのぞき込ん で、いろいろと思い巡らしていた。そういった時も大事じゃないかな、などと言い訳がましく言っています。

でも、寝る子は育つと言います。
そうですね。もうそろそろ動き出さなければ・・・。カリフォルニアのWさん。Eメール、ありがとうございました。これをきっかけにして、お返事の代わりに、とりあえず、わたしがそこの牧師をしています国立(くにたち)のぞみ教会の週報などに書いたものを「IPCC  EYES」という形で紹介させていただくことにします。舌たらずのものですけれども、がっかりしないでしばらく見ていてください。できれば、感想やご意見をお寄せください。

表紙は英語で、ここは日本語。ことばはなに語にするんですか。
できればいろいろな言語で展開したい。わたしのできるのは日本語だし。英語が少しできるくらいで。最初は、日本語とブロークン・イングリッシュで始めようと思っています。見かねて、だれかが助けてくれたら、いや、いっしょに参加してくれたら、ありがたいと思います。きっと、そうなると思っています。熱い思いがあります。どうぞ、よろしく!

IPCCカードのことは?
そうそう。まだ準備中ですけれど、IPCCのメンバーになって下さる方たちにIPCCカードを発行しようと思います。IPCC-PASSPORT と呼ぶのがいいかも知れません。 "This Passport is valid for all countries and areas on earth." といったことばを入れようと思っています。とにかく鳥 のように自由に行き来したいものです。神さまの世界ですから。

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IPCC Office Chair - Masaharu Asayama
(Pastor, Kunitachi-Nozomi Cumberland Presbyterian Church)
3-15-9 Higashi,Kunitachi-shi,Tokyo,Japan 186
TEL +81(0)42-572-7616 FAX +81(0)42-575-5049E-mail : asa@ipcc-21.com