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m. asayama
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地には平和 Lemonアメリカの正義
Drop me a line. あなたの一言 Masaharu Asayama

2003/12/28
クリスマス主日(12/21)説教
光は暗闇の中で輝いている  ヨハネ福音書 1:1-18  ルカ福音書 2:1-20
「先週の説教要旨」として(国立のぞみ教会「週報」12/28 所載)

 クリスマスの日に、偶然、途中からだったけれども、テレビで映画「ホワイト・クリスマス」を見た。ビング・クロスビーが歌い、ダニ・ケーとタップを踊るモノクロの画像を見て、これが日曜日に教会でお話した、「ホワイト・クリスマス」をテーマ音楽とする1942年の映画「ホリデーイン」ではないかと思って、最後まで見てしまった。見終わってから分かったのは、「ホリデーイン」という映画は別にあり、見たのは「ホワイト・クリスマス」をそのまま題にした1954年の映画だった。歌もダンスも見事で、いかにもアメリカらしい情感に富んだ楽しい娯楽映画としてみることができた。

 その翌日の26日には、BSNBCABCかが、歌「ホワイト・クリスマス」の特集を組んでいた。それを見ながらあらためて分かったことは、「ホリデーイン」は第二次世界大戦中の作品で、ビング・クロスビーの歌う「ホワイト・クリスマス」がフィリピンやアフリカで戦う米軍の兵士たちを大いに慰め勇気付けたということと、二匹目のどじょうとして作られた「ホワイト・クリスマス」は朝鮮戦争の直後の作品で、戦争で疲弊した兵士たちを慰労する内容のものであったということだった。そういえば、「ホワイト・クリスマス」のラスト・シーンは、アメリカの退役軍人たちが国中からかつての司令官である将軍のもとに集まって来て「ホワイト・クリスマス」を歌う、というようなものだった。そこからは、古きよき時代の、罪のないともいえる程度の、「ゴッド・ブレス・アメリカ」が聞こえてくるような気がする。

 もとより「ホワイト・クリスマス」は、教会の歌というよりは、ごく世俗的なクリスマス・ソングではあるけれども、やはり広い意味でのキリスト教的文化や価値観を土台とした歌であることには間違いない。この歌をテーマ音楽とする二つの映画は、意図してかどうかはともかくとして、いまから見れば、キリスト教と結びついたアメリカの民主主義という価値観を何の疑いもなく肯定し、圧倒的に強大な軍事力と経済力によってこれを擁護し、他の文化圏に、軽妙なハリウッドの手法で包み込むように押し付け強要して行く役割を担わされた、きわめてイデオロギー性の強い作品であったのではないかという気がしてくるのである。

 そして、その先のところに、今日のアメリカのそして世界の状況がある。 

 いまや世界唯一の超大国となったアメリカは、西欧をルーツとするアメリカの覇権を追及するサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」論(原題は、”The Clash of Civilizations and the Remaking of World Oder” - 「文明の衝突と世界秩序の再構成」)やキリスト教の極右勢力と組んだネオコン体制の跋扈を克服する道を探り当てなければならない。

 「ホワイト・クリスマス」は、その歌詞をみると、本来、極めて情感に富む私的な内容の歌である。温かく柔らかなこの歌の雰囲気を嫌う人はいない。ところが、知らぬ間に、体制のイデオロギーに取り込まれ、国家主義、軍国主義を美化する役割を果たしている。

国家や民族、あるいは、言語や文化の枠を越えて聞こえてくる天の声、羊飼いたちが聞いたあの天使たちの歌声を聞かなければならない。

いと高きところには栄光、神にあれ、
  地には平和、御心に適う人にあれ。

(朝山正治) 


2003/12/14
アドベント第二主日礼拝(12/07)説教
待つ心  詩編 130  ヨハネ 5:1-9
「先週の説教要旨」(国立のぞみ教会「週報」12/14 所載)

 大江健三郎さんの「信仰を持たない者の祈り」という講演をもとにした文章がある。いまその本が手元にないので正確な復元にはならないけれども、ある夏、脳に重い障害をもつ幼い長男光さんと北軽井沢の別荘で過ごした時の出来事が語られている。夕方、光君を肩車して家の戸口に出て外を眺めていた。夕闇迫る森の中でいろいろな鳥たちが鳴いている。と突然、生後一度も言葉を発したことのない光君が肩の上で、「くいなです」と、NHKの鳥の声を聞かせる番組のアナウンサーの口調で言った。驚愕した大江さんは、光君が次の語を発するのを息を飲んで待った。ちょっとの間を置いて光君は、森で鳴く鳥たちの名を次々とあげていった。光君が次の語を発するまでの間が祈りではないか、と大江さんは語っている。

 マーチン・ルーサー・キング牧師は、”I have seen the Promised Land!” 「わたしは、約束の地を確かに見たのだ」と語った。わたしたちも、イエス・キリストにおいて神の国が確かに到来したことを信じている。だからこそ、「御国を来たらせ給え」と祈る。詩編130の詩人のように、闇がますます深まる中で、待つ。待ち続ける。待つことを、「信仰を持たない」大江さんから教えられるのである。

 大江さんのことはもうほどほどにしてっと思った、というのが説教を聞いての妻の感想であった。(分かった。)わたし自身、大江さんには常々あるもどかしさを感じている。しかし、この「信仰を持たない」文学者の書く言葉に、ただナイーブな信仰者やありきたりの(考えぬ受け売りの)神学者たちにはない、「信仰的な」あるいは「神学的な」思索や、発見、発想が含まれていることは、認めないわけには行かないのである。

 たとえば、最近の著書に、「新しい人」の方(ほう)へ」(朝日新聞社)というのがある。その中に、<「新しい人」になるほかない>と表題をつけた一項がある。これなど、自分の田に水を引くようで大変に恐縮だけれども、まさにわれわれのIPCCが提唱するところとほとんどぴったり重なる文書である。ただ、どうしたらその「新しい人」になることができるのかとうことについては、はなはだもどかしいものを感じるのである。で、「宙返り」を読んで(これも本が手元にないので記憶での感想になるけれど)、「宙返り 返ったところは 元のとこ」ではないかと感じたことを思い出したりもする。

 先月の末に出た「二百年の子供」は、想像力(「夢見る人」のタイムマシン)を駆使して、百二十年前の時代から、あるいは百年後の時代から、現代を見る一種の黙示文学である。子供たちは、心から願うなら、過去へ遡り、そこからいまの時代を見ることができる。心からねがうということなら、子供は大人よりすぐれている、というのである。

 戦後半世紀余りを経て、この国は、戦前にもどってしまった。どのような思いを持ってクリスマスを迎えるのか。38年間、池の水が動くのを待っていたベトザダの病者は、人の話ではない。このわたしの話である。病者にも、いや病者だからこそ、できることがある。願うことである。心から良くなりたいと願うことである。待降節のきょう、イエスはわたしに、ほんとうに直りたいのか、といま一度問い直してくださっておられる。

 「二百年の子供」から、もう一つ。<私らはいまを生きているようでも、いわわばさ、いまに溶け込んでいる未来を生きている。今を生きている私らが未来にも足をかけてるから、意味がある。思い出も、後悔すらも・・・ >

 この半世紀この国はそしてそこに生きるわたしたちは、結局は、長い道のりを闇に向かって歩いてきたのだ。自らに問え。「いまに溶け込んでいる未来」、来たらんとする神の国の到来を、切に願い待つ心がなお内に残っているか、と。われわれは弱い。闇は深い。だからこそ、心からねがい、待つことが許されているのではないか。 (朝山正治)

2003/11/30

収穫感謝礼拝(11/23)説教
野の花を見よ 詩編19:1-5a マタイ 6:25-34
(フロンティアの教会−周縁の視点から)
「先週の説教要旨」(めぐみ教会「週報」11/30 所載)

 「説教要旨」のスペースをかりて、収穫感謝日の礼拝の説教で展開できなかった部分を書きます。

 ブッシュ大統領が、密かにバグダットに飛び、前線で緊張の日々を送る米軍兵士たちと感謝祭の食事をして、二時間後にはあわただしく本国へ飛びかえった。神に感謝し祝福を求める「敬虔な」スピーチをし、自らも軍服のような出で立ちで気安く兵士たちのトレイに七面鳥のご馳走を盛る大統領の姿をテレビで見ながら、あらためてアメリカの建国神話の一つに仕立て上げられた最初の「感謝祭」のことを思い巡らした。

 「新大陸発見」以後、一攫千金を狙う者や信仰・思想の自由を求める人たちが、何波にもわたって「約束の地」を目指してやって来た。その中に、小さな帆船メイフラワー号でやって来た子供を含む102人のイギリス人たちもいた。大半は、信仰上の理由で弾圧を受けていたいわゆる新教徒と呼ばれる人たちであった。舟は風に流されて予定したところより北にある「インディアン」の居住地区に錨を下ろすことになった。162012月、既に厳しい冬の季節が始まっていた。春を迎えるころには、病気や飢えと寒さで多くの者が死に、生存者は半数だったという。「親切なインディアン」のおかげで、辛うじて生き残った者たちは、その年の秋、よくしてくれたインディアンたちを招いて、最初の感謝祭を守ったのである。食卓には、その地で捕れる七面鳥も置かれていた。

 秋の収穫感謝日の習慣が各地に広がり、1789年には初代の大統領ジョージ・ワシントンがこの日を祝日として宣言し、1863年南北戦争のさ中にアブラハム・リンカーンは、11月の最後の木曜日を収穫感謝日とした。

 ここには、ナイーブな夢と独善的な野望をない混ぜた、現在のブッシュのアメリカに連続する、あまり長くはないアメリカの歴史の矛盾が見られる。そしてその矛盾は、幾分かは、「約束の地」を求めてパレスチナに集まってきた現代の「神の民」(聖書の民)イスラエルの歴史に見られる矛盾とも通底するところがある。

 メイフラワー号の難民たちを後のアメリカ人は、「ピルグリム・ファーザーズ」(巡礼者なる父祖たち)と呼び、建国の祖として仰いでいる。彼らは、迫害を逃れて新天地にやって来た。彼らの信仰を基にした理想社会の建設を夢見ていたのである。しかし「新天地」において彼らが遭遇したのは、少数の「親切なインディアン」たちと多数の彼らに敵対するインディアンたちであった。彼らは、先住民たちを向こうに回して、彼らがそこから逃れて来た故国の圧倒的に優位な文明の利器を用い、銃砲をもって、彼らの目からすれば神を知らぬ野蛮人でしかない先住民たちを、抹殺し、彼らの土地を奪って行った。そのようにして切り開いて行く最先端をフロンティアと呼んだ。

 わたしたちの教会は、フロンティアの教会と言われる。後方に圧倒的に強大な文明をもつ最先端の者たちが、結局は、先端において出会う近代的な装備を持たぬ人たちを人間以下の者として掃討して行く役割を果たした。そういった面があったのである。

 フロンティアは、最先端である。それは、同時に、周縁である。わたしたちは、後方の強大な文明からではなくて、周縁において出会う「取り残された」地域の人たちの視点に立って、歴史を見直さなければならない。周縁の視点から、フロンティアの意味を問い直し、フロンティアに新しい意味を与えなければならないのである。(朝山正治)


2003/11/09

召天者記念礼拝説教
天にある永遠の住みか コリント二 4:16-5:10
「先週の説教要旨」(国立のぞみ教会「週報」11/09 所載)

神学校に入る直前の頃だったと思う。牧師夫妻のお供をして、死期の迫っている一人の老婦人を病床に見舞った。病人は、クリスチャン女性の姑さんで、教会に来たことはない。枕もとで牧師がお祈りし、牧師夫人が、天国があるから心配することはないというようなことを言って励ました。すると、病床の老婦人が声を出し、「ほんまかいな」と言ったのである。ボディーブローのように重い一撃だった。

死んでからのことなど、普通に考えて、分かりようがないのである。

それでも、人間は、人は死んでしまえばそれでおしまいというふうにあっさり考えることはなかなかできるものではない。そのこと自体が、何かを暗示しているように思う。

美空ひばりさんの七回忌でしたか、テレビで特別番組がいろいろあったようで、どこからともなく、「愛燦燦と」を何度も聞いたような気がする。シンガー・ソング・ライターの小椋桂さんが(ひばりさんのために?)作詞作曲したものだということは、つい先日、テレビで知った。それは、小椋さんの半生をたどる番組で、「愛燦燦と」を主題としたものではなかったけれども、胃がんの手術を受けたばかりの痩せた小椋さんが、コンサートを開いて少しかすれた声で得意の歌をうたう姿は、最期のステージで「愛燦燦と」を歌うひばりさんの姿とも重なり、「人生って 不思議なものですね」を実感させた。

この歌は、三番まであり、それぞれの出だしは、「雨 燦燦と この身に落ちて」「風 散散(さんざん)と この身に荒れて」「愛 燦燦と この身に降って」で、中間にそれぞれ、「人は哀しい 哀しいものですね」「人はかよわい かよわいものですね」「ひとはかわいい かわいいものですね」と歌い、最後の行で、一番は、「人生って 不思議なものですね」、二三番が、「人生って 嬉しいものですね」と、結ばれている。

ひばりさんの人気は死んでますます高まるようだけれど、それは、死んだひばりへの思いではなく、生きたひばり、一生懸命生きて、歌って、歌いきって死んだひばりへの愛慕、追慕ではないかと思う。所詮死ぬほかない人間が、限られた生を必死に生きる。そこに、生きるということの不思議がある。人間存在の不思議がある。

きょうは召天者記念礼拝ということで、ふだん教会にきている人もそうでない方たちも一緒にこうして礼拝を守っている。クリスチャンであろうとなかろうと、わたしたちは人間として、「愛燦燦と」に歌われているような不思議の中に生きている。小枝が、目に見えない風に揺れているように、人は、目に見えない愛や聖霊の力によって生かされているのだ。きょう読んだ聖書の前後も読んでいただきたいのだが、コリント二4章の6節には、<「闇から光が出よ」と命じられた神は、わたしたちの心の中に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。>とある。14節には、「キリストの愛がわたしたちを駆り立てている」ということばも見られる。

聖書は、「天にある永遠の住みか」について語っている。それは、死後について詮索しても分かる話ではない。地上の生を生き抜き十字架で死なれたイエスが、わたしたちを復活の命へと引き寄せられるのである。イエスは、「すべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分のために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。」(5:15


日本ネオコンの芽を摘め!

2003/10/28
フォーラムからの転載

ペテン師コイズミ
コイズミは、ペテン師である。超一流のペテン師である。ああ言えばこう言う。こう言えば、ああ言う。その話術、手法、はペテン師として超一流である。インチキが分かっていて、攻める方が攻めきれない。身をかわし、逆手をとって、かけ投げして行く。審判の目(国民の目と言ってもいい)を実にうまくごまかして、ポイントを上げて行く。論理のすり替え、焦点のずらし、どれも超一級である。テレビでみんなが見ている。海千山千の政治家たちを手玉にとって片端からやっつけている。お見事。テレビ時代の一大寵児。しかし、後の人もリプレーを何度も見ることができる。それが、コイズミの最大の弱みでもある。ペテンが見破られる時が来る。
しかし、そのとき、日本はどこまで行ってしまっているのか。それが、心配でならない。(2003/10/03)

日本ネオコンの台頭
NEWS23で筑紫さんが田中真紀子さんを新潟に訪問しインタビューしていた。真紀子さんが、今の自民党政権は日本のネオコンだ、と言っていた。これは、実にうまいことばだ。コイズミは相変わらず詭弁、強弁、論理のすり替えで、とにもかくにもはぎれのいい「分かりやすいことば」で、考えぬ善男男女を騙しまくっている。この大嘘を白日のもとにさらけ出すことのできる政党人がいない。さすが真紀子さんは、コイズミ政権は日本のネオコンだ、とずばり急所を突いている。(2003/10/28)

日本ネオコンの芽をつめ!
コイズミは、ようやく経済回復の芽が見えてきた、と言う。ネオコン大御所ナカソネ引退茶番劇は、コイズミ一流の手品で、ネオコン勢力補強にうまいこと利用されるのだろう。ネオコンの台頭は、ナチの台頭、日本の軍部の台頭にも比較せられる事態だ。まさに今は「戦前」なのだ。教会の問題なのだ!十年後、二十年後に、また「戦責告白」を出すような羽目に陥らぬよう、今こそ、打倒日本ネオコンの課題に取り組まなければならない。(2003/10/28)

◎技術的なことがよく分からないのですが、念のため、下のフォーラムのcgi文書をワード文書に換えて載せました。

 ■--ペテン師コイズミ
 >>>m. asayama   -- 2003/10/03-12:35..No.[130]
    ペテン師コイズミ
コイズミは、ペテン師である。超一流のペテン師である。ああ言えばこう言う。こう言えば、ああ言う。その話術、手法、はペテン師として超一流である。インチキが分かっていて、攻める方が攻めきれない。身をかわし、逆手をとって、かけ投げして行く。審判の目(国民の目と言ってもいい)を実にうまくごまかして、ポイントを上げて行く。論理のすり替え、焦点のずらし、どれも超一級である。テレビでみんなが見ている。海千山千の政治家たちを手玉にとって片端からやっつけている。お見事。テレビ時代の一大寵児。しかし、後の人もリプレーを何度も見ることができる。それが、コイズミの最大の弱みでもある。ペテンが見破られる時が来る。
しかし、そのとき、日本はどこまで行ってしまっているのか。それが、心配でならない。

>>> m. asayama   -- 2003/10/28-00:28..No.[134]
 
    NEWS23で筑紫さんが田中真紀子さんを新潟に訪問しインタビューしていた。真紀子さんが、今の自民党政権は日本のネオコンだ、と言っていた。これは、実にうまいことばだ。コイズミは相変わらず詭弁、強弁、論理のすり替えで、とにもかくにもはぎれのいい「分かりやすいことば」で、考えぬ善男男女を騙しまくっている。この大嘘を白日のもとにさらけ出すことのできる政党人がいない。さすが真紀子さんは、コイズミ政権は日本のネオコンだ、とずばり急所を突いている。
 

>>> m. asayama   -- 2003/10/28-10:15..No.[136]
 
    日本ネオコンの芽をつめ!
コイズミは、ようやく経済回復の芽が見えてきた、と言う。ネオコン大御所ナカソネ引退茶番劇は、コイズミ一流の手品で、ネオコン勢力補強にうまいこと利用されるのだろう。ネオコンの台頭は、ナチの台頭、日本の軍部の台頭にも比較せられる事態だ。まさに今は「戦前」なのだ。教会の問題なのだ!十年後、二十年後に、また「戦責告白」を出すような羽目に陥らぬよう、今こそ、打倒日本ネオコンの課題に取り組まなければならない。
 


2003/10/11

日用の糧 ヨハネ福音書 6:22-59
朝山正治
「先週の説教要旨」(国立のぞみ教会「週報」10/12 所載)

 きょうは、世界聖餐日と言われる日曜日である。1934年に、アメリカの長老教会から始まったと言われている。今日では、長老教会だけでなく多くの教会が、10月の第1日曜日を世界聖餐日として守っている。

 そこで、今朝は、ヨハネ福音書から、聖餐式の起こりについて学ぶことにしたい。先ほど、6章の2259節を読んだが、ここで1-21節も読むことにする。

 ヨハネは、聖餐式の起こりを、イエスが五つのパンと二匹の魚で五千人を養った奇跡物語及びモーセによるイスラエルの民の出エジプトにまつわる過越祭とに関連付けて物語っている。

 パンと魚の物語で、きょう特に注目したいのは、1213節である。<人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。>とある。十二の籠の十二とは、イスラエルの十二部族、つまり全イスラエルの人々が食べる分が残されているということである。さらには、新約聖書において十二は、新しいイスラエルである世界の全人類を表している。

 イエスは、この奇跡を行われるに先立って、<イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、・・・>とある。どこでパンを買えばよいか。これが、6章のテーマと言ってもよい。

 弟子たちは、こんなに大勢の人を養うには、労働者の半年分の給料を当てても足りないとか、少年がパン五つと魚二匹を持って来たけれども、何の役にも立たないでしょうなどと言っている。しかし、イエスがそのパンと魚で五千人を養った後、残ったパン屑を集めさせられるとそれは十二の籠にいっぱいになったのである。

 聖餐に与かるとは、そういうことである。パンとぶどう酒に与かる時、主は、わたしたち一人一人を豊かに養ってくださるだけではなくて、全世界の人々に分かち合うことのできる溢れるばかりの命の恵みを与えてくださるのである。

 きょうの説教題は、「日用の糧」とした。「御国を来たらせ給え」と祈る主の祈で、「われらの日用の糧をきょうも与えたまえ」とも祈る。「御国(神の国)を来たらせ給え」とは、いつか遠い将来に夢のような理想的な社会を実現してください、といったことを祈る祈りではない。きょうのパンの中に、御国は隠されているのだ。

 イエスは、「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない」と言われる。わたしたちは、イエスにおいて、肉となり血となったなった神のことばを、むしゃむしゃ食べるのである。それが、礼拝である。それが、キリスト者として生きることである。

 嵐のため進みあぐねている弟子たちの舟にイエスが湖上を歩いて近づいて来られ、「わたしだ。恐れることはない」と言われる(16-21節)。「わたしだ」(エゴー・エイミー)と言われるお方が、わたしたちのただ中に来たり給う。

 ムリにそういった意識を自分に強制する必要はない。わたしたちは、世々の教会が伝承として受け継いできた聖餐式を、淡々と守る。信仰の確かさなど、この世的に言うならば、どこにもない。ただ、「日用の糧をきょうも与えたまえ」と祈りつつ、礼拝に臨むだけである。エゴー・エイミーと言われるお方によって、わたしたちもわたしはわたしという新しいアイデンティティを与えられて、新しく生き始めるのである。

 すべての人々と分かち合うことのできる命のパンがここにある。

2003/10/10

パウロが告げ知らせた福音 ガラテヤ 1:11-17
朝山正治

カンバーランド長老教会日本中会「ぷれすびてりー」誌
No.111 (2003/10/12発行)所載

 わたしは、五人兄弟の一番上で、妹が四人いる。みんなが集まると、子どもの頃の話になる。二番目の妹がお勝手で母を手伝い、小豆を布でこしてあんこ作る仕事をした。できたかなと聞かれて、はいと差し出したのは布に残ったか絞りかすだった。あんこのほうは水と一緒に流してしまったのだ。何かというとこの話になり、一度失敗すると一生言われると言っては笑う。でもお母さんは一言ももんくを言わなかったという話も必ず付け足されもする。

 身内話からの比喩で恐縮だけれども、これと同じ事を、聖書を読んでいてしていることがある。ガラテヤ書やローマ書を読んで、それをしている。問題は、極めて深刻である。

 たとえば、ガラテヤ書113節以下は、だれよりも熱心なユダヤ教徒として、神の教会を徹底的に迫害しこれを滅ぼそうとしていたパウロが、どのようにして異邦人に福音を告げ知らせる使徒とされるに至ったかについて書いている自伝的な個所である。使徒言行録にも、この辺の次第が、パウロが語ったことばとして三ヶ所に記録されている。そしてそのそれぞれに、「サウロの回心」「パウロ、自分の回心を話す」「パウロ、自分の回心を語る」という表題が付されている。この表題は、使徒言行録の本文にはないもので、読者の理解を助けるために、翻訳の段階で付加したものである。

 問題は、「回心」ということばが、一個の人間の全存在に関わることとして、パウロに起こった出来事を十全に表現しているかということである。殊に日本語の「回心」ということばは、事柄を内面の問題として限定し、出来事から社会性や歴史性を排除してしまうことにもなるのである。われわれのガラテヤ書に関しても、多くの聖書の専門家たちは、頭の痛くなるほど煩瑣な学問的作業をこの「回心」の線上で積み上げて行き、知ってか知らずか、パウロが最も重要なこととして取り組んだ問題の中心を外しているのである。

見た、聞いた、勝った
(ipcc FORUM から)

やったね、阪神!
おめでとう!!!
別に特に阪神ファンというわけではないけれど、何かうれしいですね。
阪神ファンは、面白い。おめでとうと声をかけられて、「ありがとう!」と答えている。いったいなんですね。そこがいい。  Sept. 16, 2003

巨人大崩壊
優勝が決まった翌日も、阪神は勝った。一方、巨人は、28年ぶりの8連敗の後に、1イニング12失点と11連続失点の球団史上最悪の記録を立て、あげくの果てには、1試合19失点の球団最多タイの記録で、9連敗した。このところ巨人のことなどまったく気にしていなかったけれども、この惨憺たる様には、名状しがたい哀れを覚える。子どもの頃から無条件に巨人ファンだった。巨人の選手は、内野の千葉だとか、白石だとか、外野の小松崎だとか、今でも覚えている。アンチ・ジャイアンツになったのは、江川事件からだ。巨人が負けるのを楽しみに新聞を見るようになった。その後、巨人は、四番バッターをずらっと並べて、無敵独走をはじめた。巨人崩壊は、原で始まったのではない。抑えがたいアンチ・ジャイアンツの感情が多くの人の心に鬱積し始めたところから始まっていたのだ。
ブッシュのアメリカ、コイズミな日本の先行きを思わせる現象ではないか。
いまわたしは、アンチ・ジャイアンツではあるけれども、どこのファンでもない。できれば、いつか熱烈な巨人ファンに返り咲いて、多摩川にでも飛び込んでみたい。 Sept.17, 2003
 
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2003/09/14
何よりもまず マタイ福音書 6:25-34
「先週の説教要旨」(国立のぞみ教会「週報」09/14 所載)

 山上の説教を読んで、あるいは聞いて、その響きの美しさに心を打たぬ人はいない。それは、混じりけのない純粋なものだけがもつ美しさである。

 きょうの個所に出てくる「空の鳥をよく見なさい。・・・」「「野の花がどのように育つか、注意して見なさい。・・・」といったことばは、だれもがすぐに覚えてしまう。「(だから、)明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」ということばで結ばれているが、「その日の苦労は、・・・」というところは、文語訳では「一日の苦労は一日にて足れり」であった。どれほど多くの人たちにすがすがし慰めと生きる力を与えたことだろう。つらいことや苦しいことがいっぱいで孤独のうちに一夜泣き明かすようなことがあっても、朝になればまた新しい力が与えられ、涙をぬぐって歩み出すことができるのである。

 讃美歌にも、次のように歌われている。
  わが行く道いついかに なるべきかはつゆ知らねど、
  主はみこころなしたまわん。
  備えたもう主の道を ふみて行かん。ひとすじに。
  ・・・
  荒海をも打ち開き 砂原にもマナをふらせ
  主はみこころなしたまわん。
  備えたもう主の道を ふみて行かん。ひとすじに。

 天の父なる神は、われらと共にあり、必要を満たし、必ず道を開いてくださる。生涯、心配せずに生きることができるのである。

 はっとさせられるのは、「今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる」ということばである。上昇志向の成功物語のテキストとして聖書を読もうとするもの目を全く違った方向に向けさせることばである。ひとが家を建てれば自分も建て、車を買えば自分も買い、海外旅行に出かければ自分もそうしたいと思う。幸不幸を、それによって計る。それが人生のすべてとすれば、何とつまらないことか。天の父なる神は、小さな存在にこそ、目をとめ、大きな愛を注いでくださる。小さい者たちを通して、御心をなし、ご自身の栄光を現わされるのである。神は、イエス・キリストにおいて、最も小さい者の一人となられたのである。「明日は炉に投げ込まれる野の草」とはイエスご自身である。

 「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」ここに、教会の存在の意味があり、キリスト者の生きる目的・目標がある。物質主義の時代である。日朝問題は経済支援ストップの圧力によって交渉せよという。卑しい話である。イラク問題に手を焼くアメリカは、日本やドイツがいま財政をもってアメリカに協力すれば見返りは大きいと誘いをかける。ブッシュがその話をもってやってくる。卑しい話である。軍事力や経済力がすべてのこの時代に、教会は、神の国と神の義を求め、そこにしっかりと立脚点を置いて、今日を生き、この時代に証しを立てるのである。小さくて無力なことを心配することはないのである。(朝山正治)
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せみしぐれ

蝉が盛んに飛び交っています。ベランダに飛び込んでくるものがあります。階段の踊り場に迷い込んで、高さ1メートルあまりのコンクリートの囲いから脱出できないのもいます。ガラス戸をあけて網戸にすると、ジージー、みーんみんみー、とうるさいほどです。つくつくぼーしも聞こえます。まさに大合唱です。
ことしは、夏が遅く、蝉が鳴き始めたのは八月に入ってからです。それが、いまはせみせみせみです。きのう、近くの周囲4百メートルの池がある豊ヶ丘南公園へ行きましたら、ケヤキか何かの大きな木の幹に、縦に一列に蝉がいっぱいとまっている。おじいさんに伴われて通りがかった小学校34年生の女の子が、232425とその数を数えました。列を外れたところにもいましたので、少なくとも30匹はくだらない数の蝉が、一本の木の幹にとまっている。なかなかの壮観です。
池では、5年生くらいの男の子が二人、着の身着のままで、水に入って遊んでいました。鴨やアヒルがいて、カワセミも見ることができました。 Aug. 21, 2003

きょうも、ケンの散歩で豊ヶ丘南公園へ行きました。
初老のおじさんが、三脚に望遠レンズのカメラを置いて池のほうを見つめていました。「いい写真撮れましたか。・・・カワセミの写真?」「ええ、それが目当てです。さっきその木枠のところにいたのが、あっちの方へ行っちゃいました」と、ずっと向こうの杭の上にとまっている小鳥を指差しました。
小学校三年生くらいの女の子が網で水をすくっていました。何か捕れたらしく、バケツの方へ行きました。「何が取れるの」「くちぼそとか、はぜとか」と言って、バケツの中を見せてくれました。めだかのような小魚がたくさん入っていました。離れたところにいたお父さんが56センチの魚を二三匹もってやってきました。くちぼそでした。ほかに、ブルービリ(?)とか、ブラックバスがいる、と教えてくれました。片手の長いえびもいます、とお父さんが言うと、三年生の子は、「カタテナガエビだね」と言ったので、笑いました。鯉の大きいのが悠々と泳いでいますが、小さな幼魚もたくさんいるんですね。ふと見ると、かる鴨の一匹が、23メートル、何かをめざして勢いよくまっすぐに泳いでいき何か白いものを口で捕らえました。
大きなトンボが飛んでいきました。そろそろ秋です。
それにしても、夏らし日は、きょうを入れて数えるほどしかなかった。欧州では、反対に、熱波で、氷河が解け出し川となって流れているとか。地球はいつまでもつかなぁ。 Aug. 23, 2003

カラス、なぜ鳴くの?
ギャオ、グ、グ、グ、グッ、ギャオ、ギャオ と、いままで聞いたことのない鳥の鳴き声が、窓の外の森の中から聞こえてきます。クヮオ、クァオ、・・・。なんだ、烏か。それにしても、ちょっと変わった鳴き方だった。
カラスといえば、下草を刈った風通しのいい林の中を、二三羽、縫うようにスーイ、スーイと飛行して行く。米軍の巨大爆撃機(B51?)を思わせるものがあります。カラスは、賢そうで、声をかければ案外親しくなれそうですけれども、これが増えすぎると、ほかの鳥たちはなりを潜めてしまうようです。自然のバランスというのも、一通りではなさそうですね。グラァア、グラァア、と、また声を変えて鳴いています。カラス同士で何か交信しているようです。  Aug. 23, 2003
 

蝉の夏休み

真夜中じゅう、うるさく大合唱していてセミたちが、どうした風の吹き回しか、気がついてみるといま朝の十時半、大合唱がぴったりやんでいます。何時ころからだったのかは、分かりません。よく晴れた真夏の陽射しに明るく照らされた森の空間を、じじ、じじ、といって飛び交う蝉の姿が散見されますが、合唱は、うそのようにやんでいます。蝉の夏休み?蝉のお昼寝でしょうか。

そうそう。夕べは、火星を見ました!
夜の9時頃だったでしょうか。ベランダに出て、斜め左上を見上げましたら、梢の先に、赤い星が一つだけ見えました。双眼鏡で覗いて見ました。少しは大きく見えましたが、簡易双眼鏡では、大した違いはありません。それでも、うす曇の空に、赤い星だけが輝いているのを見ました。火星大接近とか、どこかの天体望遠鏡で覗いてみたい気もします。  Aug. 25, 2003 

今夜も、火星は梢の先で赤々と光っています。6万年ぶりの超大接近とか。午後、近くのプラネタリウム、ベネッセ・スター・ドームへ行ってみました。大接近のメカニズムはわかりました。火星は、地球から見ると、行ったり来たり、止まったりと、不規則な動き方をするらしい。並んで同じ方向に走る電車を見ていて感じるあの感じと同じかな?星に導かれて行ったクリスマスの博士たちのことをふと思います。太古のひとたちは、星を見て、想像をめぐらし、思索した。
そう言えば、子供の頃はこの辺(東京の多摩)でも、夜、天を仰げば、天の川がごーっと音を立てて流れていた。いま確かめにベランダへ出てもう一度天を仰いで見たけれども、赤く光る星のほかは、かすかにもうひとつの星が頭上に見えるほかは、何も見えない!
学生のころ学校の帰りに渋谷の五島プラネタリウムに時々寄ったことを思い出しながらうとうとっとしたら、「地球は壊れ出している」「大事なのを気がつくことです」という声が天(ドーム)から聞こえて来ました。ほんとうに大変な時代になりました。
五島プラネタリウムをはじめプラネタリウムはどこも不入りで閉館続出とか。もったいない。たまには、リクライニングの座席で居眠りしながら、太古の人たちに思いをはせるのもいいものだと思うんですが。Aug. 25, 2003

「住基ネット本格稼動」だと。いやーな感じがするな。便利、便利で、やって行っていいのか。夜だって、ただ明るくすればいいというものではないのと同じではないか。夜の闇が深かったあのころ、一つ一つの星は、それぞれにきらきら輝いていた。クリックひとつで振り分け、分類し、管理されるこの国の人たちは、ますます取り扱い便利な個性のない人間に作り上げられていくのではないか。これこそ、恐ろしい闇だ!  Aug. 25, 2003

「火星大接近」に関連することは、次項で書きましょう。ここでは、森の様子を。つい最近まで、森はヒヨドリの森でした。数え切れないほどのヒヨドリがいて、夕暮れ時になると、それぞれがここはわたしの場所よと言うかのように、それぞれの場所で小さく舞い上がり声を出していました。夏になり、カラス(クチボソカラス)がやってきて、はじめは数羽が、重爆撃機のように、威圧的に、木立ちの間を縫って飛遊していました。その数が次第に増えてきました。少しずつ声の違うカラスが、あっちでもこっちでも鳴くようになりました。アーアーアーッ、コーォコーォコォ、カァカァカァ、グラァグラァ、短く区切るのや、間延びするのや、低音、高音、いろいろです。このところ、ヒヨドリの姿は全く見当たりません。カラスの天下です。森は、カラスの山になってしまいました。
何を喰ってるのだろう。蝉だろうか。いまだったら、食べ飽きるほど蝉がいる。蝉がいなくなったら、カラスもどこかへ行ってくれるのか。そして、ヒヨドリが帰ってくるのだろうか。
うす曇りの空は明るく、涼しい風が吹き込んできます。こんばんも、梢の先、梢の間に、赤い星を見ることができるかな。  Aug. 28, 20003

カラス、森を制圧
ヒヨドリたちは、重爆撃機のように飛翔する黒いカラスたちに、完全に制圧され、いまや豊ヶ丘の森は、黒い軍団の一局支配の森になりました。ヒヨドリ時代は、季節もありましたが、メジロがいて、シジュウカラがいて、時にはコゲラも来て、時にはフクロウ科の鳥も鳴いていました。雀はもちろん、ヤマバト、ときには、サギかなにか変わった鳥も迷い込んできたりしました。そういった鳥たちが、みんな姿を消してしまいました。
しかし、カラスの支配は、いつまでも続くわけではないでしょう。小さな鳥たちは、近い内に、きっともどってくるに違いないと思います。重爆撃機のカラス軍団が、ここに居つづける事はないと思います。その様子を、見ておきたいと思います。  Aug. 30, 2003 

* * * * * * * * * * * * * * *

ここは、FORUM からのテストを兼ねたコピーです。うまく行くかな?
cgi で構成されているフォーラムは、保存がうまくできないので、ここへ移しておくことにしました。
フォーラムに記入しておいたそのほかの森の小さな記録も、後日、ここへコピーしておくつもりです。
PCの容量の問題があって、すぐにフリーズしてしまい、手間取っています。2003/09/11

カワラヒワ

おはようございます。

豊ヶ丘は、溢れるばかりの緑です。
今朝は、カワラヒワが来ました。雀くらいの大きさです。野鳥のHPで調べて名前を知りました。
May 1
2003

国立のぞみ教会の長老の関口博兄が、国立市の市会議員に当選しました。二期目です。前回、4年前の初めての選挙では、826票、最下位でしたが、今回は1261票、24人の当選者中第8位でした。平和、人権、環境を訴えての当選です。さすがに国立ですね。
「新しい風」(会派名)の関口さん、国立を緑豊かな町にしてくださいね。
おめでとう!
May 2, 2003

Good morning to the trees and birds.
I whistle to them.
Sparrows look puzzled on treetops.

Howdy? It's me.
I'll whistle to you again tomorrow.
H-Imagine
May 3, 2003



2003/08/08

平和をつくり出す人々
マタイ 5:9 エフェソ 2:11-22  ミカ 4:1-5

国立のぞみ教会「週報」(08/10)所載 「先週説教要旨」

 今年も、八月がやってきました。平和の水脈は枯渇せず、この月、伏流水のように地表に現れる。しかし、半面、広島、長崎、終戦の「平和」は、年を経るごとに儀礼化されたものとなり、「慰霊」「鎮魂」も、死者の霊を悼むよりは、自らの鎮魂(気休め)の儀式に成り下がってしまった観無きにしも非ずである。(たとえば、小泉首相の6日の広島での挨拶は、死者に対する悼みも平和に向けての意志も不在の、心のない、全く形式的なものであった。)

 儀礼化された平和を越えて行くものとして、聖書の平和思想を、いま一度、見てみたい。聖書の平和は、年とともに内実が希薄化されて行く儀式の繰り返しではない。イエスは、「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」と言われた(マタイ5:9 新共同訳)。口語訳は、「平和をつくり出す人たちは、・・・」と訳してる。実現する。つくり出す。そこには、「御国を来たらせ給え」の不断の祈りと、それへ向けての日々の歩みへのチャレンジがある。

 ミカ書4:3(そしてイザヤ2:4)には、その具象的なイメージが描き出されている。

 彼らは剣を打ち直して鋤とし
 槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず
 もはや戦うことを学ばない。 

 ミカ書は、上の文言に続けて次のように書いている。

 人はそれぞれ自分のぶどうの木の下
 いちじくの木の下に座り
 脅かすものは何もないと
 万軍の主が語られた。 

 この記述は、重要である。

 「人はそれぞれ自分の・・・」と言われる。個々の人間の平和が希求されているのである。儀礼化された平和においてしばしば見過ごされてしまうのは、この点である。平和の道に、二つの道があるように思う。帝国の道と人間の道である。パックス・ロマーナ(ローマの平和)、パックス・アメリカーナ(アメリカの平和)と言われるものが帝国の道である。日本は、近年ますます、この平和の道へと傾斜して行っている。「新しい歴史教科書をつくる会」は、「国民の歴史」「国民の教育」「国民の道徳」といった本を出し(産経新聞社)、この国を再び帝国の道へ連れて行こうとしている。個々人の前に国を置くのである。最近の日本の政治は、ほぼこの線にそって方向づけられている。ここでは、「国益」は、正義に優先する。日米同盟は、イラク人民の生死に優先する。

 われわれは、それがイラクであろうと、パレスチナであろうと、北朝鮮であろうと、小さな個々の人間が、自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下に座り、これを脅かすものがない時代と世界の創出に向けて、祈り、語り、行動する群れなのである。(ここに、IPCCが、inter-national を越えて inter-personal な歴史の創出を提唱する意味がある。)                   (朝山正治)

2003/08/24

国破れて山河あり

国立のぞみ教会「カイロス」誌 第14号(2003/08/03) 特集<平和を求めて>に所載

窓の外の森を眺めている。「国破れて山河あり」か、と、戦後間もないころによく耳にした漢詩の一節をつぶやいている。先の有事法制についで、きょう(03/07/26)未明、イラク特措法が国会を通った。晴れて自衛隊の海外派兵の道が整ったのである。この国は、戦後、第九条を含む新しい憲法のもとに再出発したあの国とは全く違った国になった。あの国は、再度、敗れたのである。他国に敗れたのではない。自ら破れたのである。自壊したのである。長い年月をかけて死んでいく病人のように、半世紀以上の年月をかけてじわじわと死んで来たのというのが正しいのかも知れない。だから、特措法が通っても、多くの人々に死の実感は殆どない。この国は、実に巧妙に死なされて来たわけである。

念のために、憲法第九条をここに引用しておく。

1.      日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.      前項の目的を達するために、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 

 第九条は、事実上、長期にわたって空文化されてきのだが、イラク特措法の成立によって、いまやこの条文は完全に葬り去られたも同然である。駐車違反やスピードオーバーでは、罰金が科せられるけれども、政治家たちの大きな不法は、白昼堂々とまかり通っている。ついでに言えば、政治家たちの論理性と倫理性とを著しく欠いた暴言妄言は日常茶飯事化し、首相は、そらっとぼけた詭弁強弁でいともやすやすと敵対者たちを払いのけ、そのさらに上を行く勢いの都知事は、口を開くたびに、聞くも恐ろしい非人間的な問題発言を連発する。彼らは、実に言いたい放題、やりたい放題である。もうひとつついでに言えば、この国の大多数の人々は、実は、これを喜んでさえいるのである。民主主義の主体である人々に、考える力、批判する力がないのである。いや、ないのではない。考えないのである。批判しない。抗議しない。要するに、怠惰なのである。この程度の人民に、この程度の政治。これが、この国の今日の状況である。あえて、挑発する。

 緑の森を眺め、「国破れて山河あり」を思う。高度に工業化、産業化の進むこの時代に、山河も安泰ではない。このことは、充分念頭においておかなければならない。しかし、国と山河とは根本的に違うのである。国の視点に立つか、山河の視点に立つか。これが、分岐点である。国の視点に立つものは、国を滅ぼし、人々を不幸に導く。山河の視点に立つ者は、人々を平和と幸いの道へと導いて行く。

 国とは、一言で言えば、戦争をするシステムである。戦国時代の甲斐の国も、越後の国も、そのほかどの国でもいい、軍隊を仕切る将軍が一番上に立って政治を行った。北朝鮮は、人民がその日食べる物がなくても、核装備にはない金も注がなければならないのである。日本を見よ。アメリカを見よ。軍隊の国である。国の視点に立つとき、憲法九条は、成り立たない。

 しかし、国は、滅びる。王や、政治家は、国を滅ぼす。一時繁栄した国で、永続した国は、ひとつもない。日本がアメリカに追随して、一時の繁栄を享受したとしても、滅びる。アメリカも、滅びる。国は、滅びる運命にあるのである。

 国を越える視点に立たなければならない。国は破れる。山河は残る。

 聖書も、次のように語る。

 終わりの日に
 主の神殿の山は、山々のかしらとして堅く立ち
 どの峰よりも高くそびえる。
 もろもろの民は大河のようにそこに向かい
 多くの国々が来て言う。
 「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。
 主はわたしたちに道を示される。
 わたしたちはその道を歩もう」と。
 主の教えはシオンから
 御言葉はエルサレムから出る。
 主は多くの民の争いを裁き
 はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。

 彼らは剣(つるぎ)を打ち直して鋤(すき)とし
 槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず

 もはや戦うことを学ばない。

 ひとびとは自分のぶどうの木の下
 いちじくの木の下に座り
 脅かすものは何もないと
 万軍の主の口が語られた。
 どの民もおのおの、自分の神の名によって歩む。
 我々は、とこしえに
 我らの神、主の御名によって歩む。

           ― ミカ書 4:1-5

 人々は、軍事力によって立つ国家の庇護のもとに生きるのではなくて、神の御名のもとに、<ひとりびとりは自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下に座り 脅かすものはなにもない>のである。

 山河の視点とは、木や、林や、鳥たちや動物たちの視点である。国家や民族の視点ではなくて、ひとりびとりの小さな人間の視点ある。戦後58回目の夏、八月に、「国破れて」の認識を深め、「山河あり」にこそなおも、この国のそしてこの時代の希望が残されているのだということを、もういちどしっかりと考えたい。

2003/07/13

みどりの野、いこいの汀
詩編23編

―国立のぞみ教会「週報」(07/13)に「先週説教要旨」として掲載―

 <主はわが牧者なり、われ乏しきことあらじ。主はわれをみどりの野にふさせ、いこいの汀(みぎわ)にともないたもう。>

 詩編23篇を読むと、わたしはヘンデルの「メサイア」で、アルトとソプラノがイザヤ書40:11とマタイ11:28のことばをつなげて歌う詠唱が心に響いてきて、神の豊かな恵みのうちに包み込まれて癒されて行く自分を感じます。しかし同時に、みどりと水のメタファーから、わたしたちは内面の幸福感に浸っているだけでは足りないことにも気づかさせられます。みどりと水が、いま大きな危機にさらされているからです。

 国立に40年住みました。緑の多い学園都市に、多くの人々がやってきて、住むようになりました。しかしいま、この町から、緑と水が、どんどん失われ行きます。甲州街道の南側には、多摩川に注ぐ幾流かの小川が流れていますが、それもいまは消滅の一途をたどっているようです。すぐそこの一橋大学は、林に囲まれた学園でした。わたしたちは自由にキャンパスの中を通過し、子どもたちは松かさを拾ったりして遊びました。しかしこの一二年で、様相は一変しました。大きく枝を張った松の大木をはじめとして、多くの木々は無残に切り倒されて、大きな鉄筋の校舎が何棟も立ち上げられました。目と鼻の先にある小平の校舎は閉鎖され、一二年生の学生が、国立に移動してきました。昼時など、少し誇張して言えば、かつての神田の学生街のように、大学通りをはさんだ東門、西門のあたりは、おびただしい数の学生でごった返しています。大学の都合に文句を言う筋合いはない、と言えるのでしょうか。

 さかのぼれば、西にあったキリスト教学園は、広い敷地を開発業者に売り渡して千葉へ移転して行きました。跡地には、大きな高層アパートが建ち、ビル風が吹いています。国立ご自慢の大学通り沿いあった海上火災跡地にも、巨大な高層住宅が建ち、景観条令をめぐって裁判沙汰になっています。この町に起こっていることは、いろいろな形で、日本全国でおこっていることです。みどりと水は、生活からどんどん遠のいて行きます。

 詩編は、<主は御名にふさわしく わたしたちを正しい道に導かれる。>と続きます。正しい道とは、すなわちみどりの野いこいの汀への道です。パウロが、「食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい」と言っています(コリント一10:31)。これが、「主の御名にふさわしく」の意味です。神の創造の御心ふさわしい町づくりがなされなければならない。そこに、現代の教会の証しがあります。

 19世紀の中葉に、アメリカの東北部、ニューイングランド地方の森の中にこもって「ウオールデン―森の生活」という本を書いたH.D.ソローをいう人がいます。150年も前に、自然の保全を訴えました。自然の保全を訴えることが、人間の命を守ることにつながることを、証ししました。「ウオールデン」の作者は、「市民の反抗」の著者でもありました。彼は、「国家が個人を、国家より高い、独立した力として認識し、国家の力と権威はすべて個人の力に由来すると考えて、個人をそれにふさわしく扱うようになるまでは、真に自由な文明国はあらわれないであろう。」と書いています。

 「主は、わが牧者なり・・・」主は、一人一人に慈しみの目をとめ、みどりの野いこいの汀に伴われる牧者。ここに、町や国が、利権の絡む道路や建物のためにあるのではなくて、個々の人間の命のためにあることを証しする道が隠されています。

2003/07/07 Mon.
「カワセミ」つづき

 前回、先週の金曜日(74日)の夕方に、豊ヶ丘南公園の池で、カワセミが小魚を捕るところと見たことを書きました。家に帰ってから、インターネットでカワセミを検索しましたら、カワセミ・ウオッチャーがかなり大勢いるのに驚きました。いろいろな種類のカワセミの写真も見ることができました。わたしたちが見たのものは、どれだったか。いろが赤茶色だったと書きましたが、若いころと違い視力も衰え、その上、暮れかかった夕方のことでもあったので、いつかもういちどはっきり確かめたい気がしていました。

その翌日の夕方も、ケンの散歩に、南公園まで出て行きました。するとどうでしょう。待っていたかのように、例の、丸太ではなくて角材をログハウスの壁面のように積み上げた、囲いの上に現れ、たちまち水面に突っ込みさっと囲いの上に戻って小魚を食べるところを見せてくれました。胸のあたりが赤茶色で、背は、インターネットの見たとおり、なんともいえない照りのある色、瑠璃色というのでしょうか、間違いありません、カワセミです。小魚を食べ終わると、すーっと、百メートルほど先の窪みのある藪の方へ飛んで行きました。そして、こちらからは細い灰色の紐のように見える何かの棒か板の上にとまり、そこから水面に飛び込みさっと舞い戻るあの芸当を披露してくれました。きらっと光るものをくわえているのも、はっきり見えました。

 カワセミ一羽、大騒ぎするほどのことはない!
 と、果たして、言えるのでしょうか。

 国立から、今年、多摩ニュータウンの豊ヶ丘に移ってきました。
 最近の国立の「自然」は、惨憺たるものです。

 国立の教会の近くには、一橋大学があり、そこには、ひろい緑の空間がありました。ところが、昨年、昔から大きな枝を張って林立していた松をはじめとする木々を次々に切り倒し、空き地、緑地をつぶして、大きなレンガ壁の校舎をいくつも建てました。ああ、国立も終わりだ、と思いました。一橋には、一目置いていたのに、がっかりです。鉄筋の校舎が教育するのではない。時折、カッコーの声も聞こえる林が、若い人たちを育てるのです。国立の中心に広がる緑の学園は、もはや過去のはなしです。「わが町、国立」は、どこにでもあるただの町になってしまいました。小鳥たちと一緒に、わたしたちはこのことを、嘆き、悲しく思っています。

 中央線の国立駅から南に向けてなだらかに下り、甲州街道に至り、谷保天満宮を越えて更に南に下って行くと、多摩川です。その気にさえなれば、この小さな町を、美しい川のある緑の豊かな町として発展させるのは決して夢物語ではないと思います。しかし、近年、ご多分に漏れずこの町でも、緑の占める割合が年を追って加速的に後退して行きました。いずれカッコーどころか鶯も鳴かぬただの都会になってしまうのでしょう。

 水辺と緑の森がある町に住みたい。水辺と緑の森がなければ、鳥たちは生息できません。人間も、同じです。人間も、自然(被造物)の一部です。これからの町づくりは、何を置いても、水辺と緑の確保からはじめなければならないと思います。


2003/07/05 Sat.
カワセミ

 多摩ニュータウンの豊ヶ丘に住んでいて、毎日、何かいいことがあります。近くに図書館があって、手元にない本をちょっと借りたりできるのも、最近のありがたい経験です。

 きのうは、ケンとの散歩で、近くの豊ヶ丘南公園へ行きました。一周400メートルか500メートルの池があります。ジョギングするひとのために、距離を示す道標が立っています。池には、数羽の鴨と二羽のアヒルが常駐しています。多数の亀が目と鼻をかすかに水面にのぞかせて浮いています。大きな鯉が、澱んだ水の中をゆっくり回遊しています。時折、水上に飛び上がり、大きな音を立てます。池の中ほどに二つの噴水があって、常時、水を噴き上げています。岸辺に比較的近いところに、角材を組み上げてつくった二メートル平方くらいの囲いがあります。夕方の6時半ころになると、そこからも、ごぼごぼっと水が放出されます。こちらは、噴水というよりは、放水といった感じです。池に新しい水を注ぐためなのか、藻などで澱んだ水を攪拌するためなのか、よくわかりません。

 その囲いの上からすっと水に飛び込みすばやく元のところに戻ってくる小鳥がいました。あれっと思ってしばらく妻と二人で見ていましたら、赤茶色のその小鳥は、わたしたちの疑念をはらすように、そのとまっている木枠の上から2メートルほど先の水面に斜めに突っ込み、次の瞬間には何食わぬ顔でもとのところに戻ってきました。何食わぬ顔の嘴には、銀色に光る小魚がくわえられていました。その瞬間芸には、驚きました。やっぱり、カワセミだ!いるんだ。あんがい小さいんだね。と、とてもうれしい気持ちになりました。カワセミは、銀色の小魚を飲み込むと、また何食わぬ顔で岸辺の藪の方へ飛び去って行きました。

 こういった小さないいことが、この森の町に住んでいるといっぱいあります。


2003/06/08 Sun
一生を変える出会い マルコ福音書 1:14-20
(国立のぞみ教会での「説教要旨」-06/01-)

先週の水曜日(64日)は、(この教会の)昼の祈祷会に出ました。昼の祈祷会ではイザヤ書が通読されていて、この日は39章が読まれました。ヒゼキヤ王が、晩年における彼の失政がイスラエルの歴史にいかに深刻な禍根を残すことになるかを、預言者イザヤに指摘され叱責されています。歴代の王たちの中でも最も優れた王とさえ言われたヒゼキヤでしたが(列王記下18:5)、年をとり気が緩んだのか、<イザヤに、「あなたの告げる主の言葉はありがたいものです」と答えた。彼は、自分の在世中は平和と安定が続くと思っていた。>と書かれています。

この記事を書いている日、66日(金)、の夕刊は、有事法制が成立したことを、報じています。ああ、もうどうでもいい、とヒゼキヤの心境です。世の中全般が、ある種の(そう、ヒゼキヤ的)敗北主義に陥っている。みずみずしく輝いていた戦後の民主主義は、どんどん後退して行きました。憲法九条も、いまや風前のともし火です。政治家たちもひどいけれども、ジャーナリズムも信用できません。時流にどんどん流されて行きます。今朝(6日)の天声人語など、朝日の「軌道修正」を思わせるものがあります。<「米国も米国人も好きではなかった」が「すっかり『親・米兵』になってしまった」。米軍と行動をともにした本紙の野嶋剛記者が『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)の「あとがき」にそう記している>と書き始め、<きょう有事法制が成立する。>と、もはやこれに反対などしてもはやらない、といったニュアンスで結んでいます。従軍記者の記事にかこつけて、あざとく重心の置き所をずらし時勢に擦り寄ろうとしている。

天声人語の書き出しのところをまねて書くとすれば、わたしはアメリカという国もアメリカの人たちも好きだ、と言いたい。だけれども、ブッシュのアメリカを認めることはできない。アメリカの歴史の中に潜在し時に臆面もなく顕在化するブッシュ的なものを認めることはできない。これに向けては、はっきりNo!を突きつけたい。

6月の末に開かれるわたしたちの教会のジェネラル・アッセンブリーに、ナッシュビル中会から、9.11以降の時勢に鑑み愛国心を鼓吹するために星条旗を会場に飾ろうというメモリアル(議案)が提出されている。日本中会は、当然これに反対することでしょう。わたしも、成り行きを危惧する文章を、総会レベルのニュースレター ”THIS WEEK” などを通して主な人たちに送りました。既にアメリカの多くの方たちから、わたしたちの意見を支持するメールが届いてもいます。(下に、わたしが送った意見書の原文を掲載します。)

 先週の説教要約のはずが、大いにそれてしまいましたが、わたしの内では、つながっています。先週は、「キャッチャー イン ザ ライ」の話を少し長くしました。「キャッチャー」の主人公ホールデンは、17歳の青年。彼は、世間とうまく折り合いをつけて生きることができない。インチキくさいことを受容することができないのです。ヒゼキヤは、百戦錬磨のつわもの。有能な政治家です。しかし、晩年は、精神は衰え、現実主義者らしく時流に身をあずけ、イスラエルを滅亡へ向かわせる役割を果たします。

 青臭いホールデンのほうに希望が残されている、と思うわけです。だめな彼が、ライ麦畑で遊んでいて崖から転げ落ちそうになる子どもたちをキャッチする(捕らえる)ような人間になりたい、と言います。その小さな祈りの中に、希望が残されています。

 イエスは、「わたしについて来なさい。人間を捕る漁師にしよう」と言って、わたしたちを捕らえ、この世へ遣わされる。老成したヒゼキヤではなく、未熟なホールデンのほうをとりたい。大いなるキャッチャー、イエスさまに出会っていただき、捕らえていただきたい。イエスさまにすがり、その後について行きたい。

Dear Pat,

I am shocked to read in “This Week” the memorial from Nashville Presbytery concerning Display of Flag.
Will you kindly send (forward) this urgent memo (including this part) to our GA Moderator, GA Stated Clerk, Moderator and Stated Clerk of Nashville Presbytery, and all concerned?

Suppose there is a Presbytery of our church in China.
Suppose they send their commissioners to the General Assembly.
Suppose the commissioners bring in their national flag to the GA hall.

Suppose there is a Presbytery of our church in Taiwan.
Suppose they send their commisioners to the General Assembly.
Suppose the commisionners bring in their national flag to the GA hall.

What would happen?

Suppose there is a Presbytery of our church in Iraq.
Suppose they send their commissioners to the General Assembly.
Suppose the commissioners bring in their national flag to the GA hall.
Suppose they spontaneously start to sing “God Save Iraq”.

Suppose the commissioners of Japan Presbytery bring in the flag of the Rising Sun and shout “Banzai!” three times for the flag and the Emperor to the effect of singing “God bless America.”

The capacity of our imagination as a Christian person and a church is now in question. We hope that the Nashville Presbytery will withdraw “the memorial concerning Display of Flag”. We pray that this coming General Assembly will not approve the memorial, if it is brought up on the floor.

Masaharu Asayama
Pastor, Japan Presbytery
May 30, 2003


2003/06/03 Tu.
寄らば大樹の陰?

 またまた、きょうもいいことが一つありました。

 きのう、平久保(ビビクボ)の椎(スダジイ)を見に行った話をしました。豊ヶ丘団地の我が家からすぐ近くのところに、シイの巨樹があり、大感激し、その写真が載っているホームページを紹介もしました。そこには、次の記事もあったのをお気づきと思います。

<平久保のシイから少し南へ行くと、幹線道路をはさんで一本杉公園があ
ります。この公園内にも、多摩市の天然記念物に指定されているスダジイ
がいます。平久保の荒々しさと対照的な、美しい姿のシイですので、ぜひ
同時に訪れてみてください。>

 で、きょう夕方、妻とケンとわたしの三人で、現地、一本杉公園へ行って見て来ました。家から「幹線道路」はさんで徒歩で15分くらいのところにありました。おどろきました。実に見事な巨樹です。ほんとうにすごい!実にビユーティフルです。木は偉い!人のおもわくなぞ気にせずに、しっかり大地に根をはり、堂々と立っている。絶対に一見の価値ありですよ!

 きのうは阪神が、今日は広島が、いずれも勝っていた試合を最終回にひっくり返されてジャイアンツに負けたのは全くいただけなかったけれども、平久保のスダジイ、一本杉公園のスダジイを見ることができたので、乾杯ということにしましょう。 

 それにしても、あのサミットというのは何なのでしょうか。小泉がブッシュに擦り寄る姿などとても見ておられません。ほかの「主要国首脳」たちも似たり寄ったりなのかも知れません。政治の世界は、結局、正義が力なのではなく、力が正義なのでしょうか。力をもった国の暴力や略奪や殺人は、裁かれることもなく、正義として通ってしまうのでしょうか。これほどの不道徳はありません。ジャーナリズムも、おかしいですね。米英とロシアや、フランス、ドイツとの関係修復に焦点を当て、いつの間にか米英の正義を承認しているかのような報道振りです。

 寄らば大樹の陰とか言いますが、何十年、何百年、黙って歴史を見てきた大樹たちは、そんなご都合主義を許すとは思いません。

2003/06/02 Mon.
森の恵み

 きょうも一ついいことがありました。

 昨夜遅く隣の部屋でテレビを見ていた妻が、「多摩ニュータウンのことやってますよォ」と呼んでくれました。18年前に放送されたものの再放送でした。「平久保の椎」の話をしていました。平久保は、ビリクボと読みます(平がどうしてビリになるのか知りませんが)。そこに樹齢数百年のシイの巨木があるというのです。

 ビリクボってどこだろうと、インターネットで調べ(http://fps01.plala.or.jp/~fotoat01/buna/shii01.html)、マッピオンの地図を見て驚きました。「いつも散歩しているところだ。」

ということで、きょうの夕方、ケンを連れて、三人(二人と一匹)で行ってみました。それは、散歩コースをちょっと外れたところにありました。ほんとうに大きな木です。尊敬してしまいます。いちど見に来てください。ご案内します。圧倒されますよ。

案内の角柱にこう書いてありました。

<平久保のシイ 東京都指定天然記念物 目通り幹囲約4.5メートル、高さ約25メートルのスダジイ。東京都の天然記念物に指定されているシイノキは島しょう部を除いて5本あるが、この木は最も高さがある。このあたりは昭和48年に町田市から多摩市に編入された区域である。多摩市教育委員会>

ところで、「きょうも一ついいことがありました」と書きましたが、二三日前に、フォーラムに「森の恵み」として次のように書いたその続きです。

きのうは、いいことが二つありました。一つは、団地の我が家の入口近くの木にコゲラがいて、餌の虫をとっているのか巣穴を掘っているのか、啄木鳥(きつつき)らしくこつこととやっているのを見たこと。もう一つは、夕暮れ時に妻とケンと一緒に森を散歩していましたら、すれ違いの人が、これあっちの森で見つけた山うどです、と言って分けてくれました。わかめあえにして食べ、味噌をつけて食べました。ほんとうに美味しい夕飯でした。
もう一つありますが、後日報告します。

 アメリカで過ごしていたころ、リスなどの動物が、車に轢かれて死んでいるのを見て、動物の組合や教会を建てたいものだと思ったりしました。環境と平和は、政治の重要なテーマです。そして、教会の宣教のテーマでもあります。環境と平和を考えることなしに救いを語ることはできません。ipcc の緑と黄色のバナーのは、緑の大地と平和な世界を表しています。


2003/04/18

まっすぐ歩く
ガラテヤの信徒への手紙 2:11-14
(ガラテヤ書による小説教そのC)
[カンバーランド長老教会「ぷれすびてりー」誌No.110(02/04/20)所載]

 きょうの個所は、新共同訳聖書では、「パウロ、ペトロを非難する」と表題が付されています。パウロが、先輩格のペテロを、教会の人々の前で叱責した。しかも、かつてアンティオケアの教会で起こったこの出来事を、諸教会の多くの人々に読まれるはずの「手紙」でわざわざ取り上げ、広く教会の人々に公表したのです。

 ことは、ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者との食事に関する事柄でした。ケファ(ペテロ)は、アンティオケアにおいて、異邦人キリスト者と分け隔てなく食事を共にしていましたが、エルサレムのヤコブのもとから使いの者たちがやってくると、彼らを「恐れてしり込みし、身を引こうとしだした」。これを見て、ほかのユダヤ人たちも、ペテロと一緒に「このような心にもないことを行い」、更にはあのバルナバまでが「見せかけの行いにひきずりこまれて」しまったというのです。

 パウロは、彼らが「福音の真理にのっとってまっすぐに歩いていないのを見」て、ケファを「皆の前で」激しく非難したのでした。

 ところで、ある著名な聖書学者は、「ここは、ペテロがへまをした、という程度のことである、といえないこともありません。それなのに、パウロは、いきなり、(次の段落で)福音そのものを、語りだしました。それは、小さなことに、大きなものを持ち出すようなものでありました。」と書いています。パンのことなど、大した問題ではない。「へま」であり「小さなこと」だ、と言うのです。パウロがこれを聞いたら、烈火のように怒るに違いありません。パウロは、ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者が共に食事をすることのうちに、「福音の真理」を見たのです。しかしかの聖書学者は、ペテロのしたことはちょっとした「へま」に過ぎない。「福音そのもの」は別のところにあると言っているのですが、このような観念的な「福音」理解を克服して行く力をこそ回復しなければならないのです。


2003/04/01

「神さまは、いま、お忙しいのです。」

心の悩みを会う人ごとに訴える一人の姉妹に、ご自分も腰痛に苦しむ友の姉妹が言った。

「しっかりなさい。我慢しなさいね。神さまは、いま、お忙しいのです。イラクのことでお忙しいのです!」

2003/03/07
主の晩餐−解き放つ愛の革命 マルコ福音書 14:12-26

今週の水曜日(5日)から、レント(受難節)に入る。主イエスが歩まれた十字架への道を巡礼のように辿って行く季節である。

昨年、この教会の牧師としての最後の一年、マルコ福音書を選びそこから説教し、ナルドの壷の記事まで読んだ。招かれてお話するきょうの個所は、その続きである。主イエスが、十字架を目前にして、弟子たちと「過ぎ越しの食事」を摂られる記事である。きょうの礼拝では聖餐式が行われるが、聖餐式の起源を物語る記事である。

「過越し」の日は、イスラエル民族にとっていわば「建国記念日」である。その日、モーセに率いられたユダヤ人たちは、小羊を屠って食べ、その血を家の入口の柱と鴨居に塗った。エジプト全土を襲った主の裁きは、小羊の血を塗ったユダヤ人の家を「過越し」て行き、ついに彼らは神の民として、エジプトを脱出することができたのである。

<除酵祭の第一日、すなわち過越しの小羊を屠る日、弟子たちがイエスに、「過越しの食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」と言った。>

イエスの弟子たちもユダヤ人として当然のように、どこに過越しの食事の用意をしたらよいかを問うている。「過越し」が、ユダヤ人にとっていかに重要な祭であったかが分かる。弟子たちは、イエスの指示に従って、エルサレムのとある家の二階座敷に過越しの食事を用意する。イエスを中心に一同が座に着き、食事が始まる。<イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。・・・」>

コリント一11:23-26に、パウロが教会の伝承として書き記している「主の晩餐の制定」の記事があるので、そこを平行して読んでみる。「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。」という文言がある。イエスは、十字架において、ご自身の肉体を裂き、血を流された。聖餐式において、わたしたちはイエス・キリストの肉と血に与かり、新しい契約の恵みの中にある経験を繰り返し更新するのである。イエスは、ご自身を、犠牲の小羊として献げ、「過越し」に全く新しい意味付けをし、ここに新しい民を創設されたのである。それが、教会である。

イエスの十字架によって、新しい歴史が始まったのである。エフェソ書2:11-22を、主の晩餐に与かりパンとぶどう酒をいただくように味わいながら読むことをお勧めしたい。十字架の意味が、はっきり見えてくる。

イエスは続けて言われた。「はっきり言っておく。神の国で新たに飲む日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」新しい契約を授与されたイエスは、もはや古い形で「過越し」の祭を祝うことはない、という意味である。民族宗教としてのユダヤ教にはっきり別れを告げ、新しい人類共同体に向けての出発を宣言されたのである。コリント一11:26では、「だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られる時まで、主の死を告げ知らせるのです。」と述べられている。「主が来られる時」とは、神の国の完成の時である。その時まで、教会は、キリストの十字架を語り続けるのである。それは、教会の出エジプトである。イエスによって、教会は、古い時代から解き放たれた。愛の革命が始まったのである。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネ3:16) 「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」(コリント一1:18「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ1:15     ― 2003/03/02 Sun. 主日礼拝 国立のぞみ教会


2003/02/14

「人間の盾」としてイラク行きを決意した相澤恭行さんが、メール通信 “Open Japan” に次のように書いています。相澤さんが誰かをわたしは知りません。しかし、相澤さんの書かれていることを、わたしは支持します。
ipcc主幹 朝山正治
2003/02/14

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★グローバル・ピース・キャンペーン★
OPEN-J BOOMERANG 299【知る 伝える 止める】
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■転載・転送・大歓迎■

◆相澤 恭行◆

はじめまして。突然のメールで失礼します。
私は第二次イラク国際市民調査団に参加する相澤恭行(あいざわやすゆき・
あだ名は国内外問わず“YATCH”『やっち』)と申します。

9・11以降のきくちゆみさんの活動から絶大な勇気をいただき、ついに私も立
ち上がるときが来ました。本気で戦争を止めさせるため、自らが最前線に行く覚
悟を決めました。

さて、この度の参加にあたり、私、相澤の決意表明(日本語&英語)を送らせて
いただきます。少々長いので、お時間のあるときにでも目を通していただければ
嬉しいです。急いで英訳したため英語のほうは読みづらいところもあるかもしれ
ません。

※事務局注:英訳文をご希望の方はオープンジャパンまでご連絡下さい。
Mailto:open-j@peace2001.org

以下決意表明
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

親愛なるみなさまへ

この度、私は第二次イラク国際市民調査団の一員として、来る2月16日から約
2週間、アメリカのブッシュ政権による戦争を止めさせるため、イラクに行くこ
とを決意しました。

マスメディアが一斉に開戦間近と報じるこの緊迫した状況の中、なぜ今イラクに
行くのか?と思われる方も多いでしょう。私にとってその答えは、「まさに今だ
からこそ行く」ということです。戦争を回避するためには、今行動を起こすしか
ないのです。

目的は、大きく分けて三つあります。先ずは「知る」こと。マスメディアは連日
イラク情勢を伝えてはいますが、そのほとんどは国連の査察団をめぐる各国の政
治的駆け引きと、アメリカ軍の開戦準備に関するものばかりで、イラクに住む普
通の市民のことはほとんど知らされていません。

しかし、いざ攻撃が始まれば、真っ先に犠牲になるのはその普通の市民なのです。
そして彼らはまた、湾岸戦争から続く経済制裁、劣化ウラン弾の放射能による影
響で、特に何の罪も無い子供達を中心にすでに多くの苦しみを味わっていますが、
日々の報道の中で一体どれほどの事実が伝えられているでしょうか。

アメリカを中心とする巨大資本に牛耳られたメディアが垂れ流す報道は、サダム・
フセインに対する憎悪を掻き立てるものばかりで、事実が相当歪んで伝えられて
いると思います。

そこで、私はブッシュが「悪の枢軸」のひとつと呼ぶイラクという国を直接自分
の目で見て、同じ地球上に住む一市民としてイラクに住む人々を理解しようと思
うのです。飽くまでも爆弾を落とされる人間の側に立ち、その恐怖を共にして、
自らの身体を通じて世界を知りたいのです。

第二の目的は、「伝える」こと。私は、いま戦争を止めることが出来るのは国際
世論の力しかないと思っています。世界規模の戦争反対の声は日に日に高まって
おり、先日1月18日に世界各地で行われた反戦デモには、かつてないほどの規
模で多数の人々が参加しました。アメリカでもサンフランシスコ20万人、ワシ
ントンDCは50万人と、ベトナム反戦運動を上回る勢いだそうです。私も7千
人が集まったとされる東京・日比谷でのデモに参加し、無力感を克服して新しい
希望を見つけることが出来ました。

こうした声は、確実に各国政府に対する圧力になっていると言っていいでしょう。
ドイツ、フランスの両政府首脳がアメリカ政府の戦争には協力しないと宣言した
背景には、こうした声の高まりがあると思います。いま、アメリカ、イギリス両
政府は、この問題で頭を悩ませているはずです。この反戦運動の高まりを何とか
抑えようと、躍起になってありとあらゆる世論誘導キャンペーンを行っています
が、さほど成果が上がらず少々焦っているようにも見えます。表向き民主主義を
掲げている以上、大多数の国民の反対があれば戦争は出来ないのです。

「ならず者国家には先制攻撃も辞さない」といって憚らず、国際法無視も甚だし
い真のならず者国家アメリカに対して、いまこそ市民による先制デモ攻撃が必要
です。今現在も世界各国から様々な人々が続々とイラクに入り、「人間の盾」に
なる覚悟で反戦を訴えています。私も彼らと共にその最前線に立ち、世界に向け
て日本からの反戦の声を、自らの身体を賭けて伝えたいのです。

そして最大の目的は、いまこの戦争を「止める」こと。こうして世界中からたく
さんの人たちがイラクに入ることで、たとえ僅かでも戦争が起こる可能性を減ら
すことが出来ると思うのです。

例えばダライ・ラマやローマ法王などがいるところを、果たしてブッシュは攻撃
できるでしょうか?ほんとうは、そうした世界に影響力を持つ人々にこそ是非行
ってほしいのですが、結局誰もブッシュを止めることが出来なかったアフガン戦
争の反省も踏まえ、まずは自らが乗り込んで戦争回避の可能性を探ってみようと
思うのです。

決定的証拠の裏付もなく、圧倒的多数の世界の市民が反対する今度の戦争は、
絶対に起こしてはいけません。

アメリカ政府は、フセインが隠し持つとされる大量破壊兵器が世界の平和にとっ
て脅威であり、武力を行使してでもその脅威を取り除かなければならないと吼え
ていますが、もしフセインがそれらの兵器を使う時があるとすれば、皮肉なこと
にそれはアメリカ政府が武力を行使するまさにその時でしょう。まさにアメリカ
のブッシュ政権こそが世界にとっての最大最悪の脅威ではありませんか。

そして、もし戦争になれば、中東はおろか、世界中が不安定になるのは火を見る
より明らかです。おそらくアメリカ本土も、9・11など子供だましに過ぎなか
ったかのようなテロの嵐に見舞われ、それらはやがて第三次世界大戦への引き金
にもなりかねません。泥沼にはまると、何かとんでもないことが起こりそうな予
感がします。

つまりアメリカは、先制攻撃ドクトリンに則り、核兵器を使うのではないかとい
うことです。あの悲劇は、広島と長崎が最初で最後でなければいけません。こう
した大惨事を未然に防ぐために、今まさに行われようとしている最大級の犯罪、
戦争という名の国家テロリズムを止めさせたいのです。

そして今回に限らず、全ての戦争を無効化するための非暴力による闘いの第一歩
として、私は今イラクに行くのです。これは長い闘いになると思います。そして
これは地球上における人類という種の存亡を賭けた闘いです。

9・11以降、この闘いは一層明らかになってきました。一方には戦争中毒から
抜け出せないアメリカ政府を筆頭とする各国政府と、それらと利益を共有する多
国籍企業やマスメディアが、グローバリゼーションの名のもとに途上国に対する
構造的暴力と搾取を繰り返し、テロの温床を作り出しています。

「対テロ戦争」の御旗を掲げ、戦争という暴力を正当化していくその末に待ち構
えているのは、人間性と地球環境の破滅しかありえません。こうした文明を手に
した野蛮人達によって、人類はやがてこの地球上の絶滅危惧種のひとつに数えら
れてしまうのでしょうか。

しかしその一方で、各地のNGO等を中心とする新しい市民の勢力がいま地球規
模で結びつき、こうした破局へと向かう流れを変え、新しい流れをつくり出そう
としています。初めはとても小さな流れでしたが、やがてその小さな流れは合流
を繰り返し、いま、とても大きな流れとなりつつあるのを感じます。

一人一人が出来ることは限られていますが、その一人一人が新しい生命の流れに
のって結びつくとき、その全体は部分の総和を超え、人類は真に持続可能な社会
を作り出すことが出来るはずです。

私は、いまここに生かされているという驚きを原点に、これまで私を育んでくれ
た全ての生きとし生けるものに対する絶大なる感謝の気持ちから、この新しい社
会の実現に向けて残された命を費やす覚悟を決めました。これは私にとって、非
戦、非暴力による世界市民の革命であり、また、人類史を超えて地球上の生物進
化史における新しい生命の革命でもあるのです。

さてこの革命で倒すべき敵とは誰か?アメリカのブッシュ政権と名指しするのは
簡単ですが、それでは彼らがフセインやビンラディンを悪魔と呼ぶ単純な善悪二
元論となんら変わりありません。

戦争はいつも人の心の弱さがつくり出すもの。私にとって倒すべき敵とは、己の
中に巣食っていた心の弱さでした。その己の弱さに打ち克ち、おかしいものには
おかしいと声を出すことでこの革命の第一歩を踏み出した私は、さらなる前進を
求め、今イラクに向かいます。

親愛なるみなさん。願わくは、私がイラクに行くということを、出来るだけたく
さんの人に伝えて欲しいのです。そして、いま世界が我々の未来にとって非常に
重要な岐路に立っていることを、より身近な問題として考え、発言し、真の世界
平和を希求する国際世論というかたちでの後方支援をお願いしたい。

この戦争は止められます。

愛をこめて

YATCH

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配信責任者 山田和尚

2003/02/08

再度 「恐れるな、小さい群れよ」
(2月2日、国立のぞみ教会での説教から)

 「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。」

 教会は、小さくてよいのである。いや、小さくなければならないのである。小さな群れであればこそ、「恐れるな」という声をきくことができるのである。

 「恐れるな」は、天からの声である。教会は、天からの声を聞く群れでなければならないのである。外見上は小さくても、天からの「恐れるな」という呼びかけを聞くことのない群れは、小さな群れではない。充分大きいのである。

小さい者たちが、小さな世界で、あたかも自分が大きいかのように錯覚してはならないのである。ギリシャの哲人は、「汝自身を知れ」と教え、「無知の知」ということを言った。自分は、何も知らない。そこに、知(哲学)の出発点を据えたのである。信仰の出発点は、小ささを知るところにある。ガリラヤ湖で、ペテロはいっぱしの漁師だった。その彼が、イエスに出会った時、自分がいかに小さな者に過ぎないかを知ったのである。罪を知った。初めて、恐れを知ったのである。(ルカ5:1-11

恐れを知らない者すなわち「小さな群れよ」と呼ばれることのない者に、主はご自身の事業を託することはできない。「恐れるな」とは、「恐れよ」という意味なのである。

ブッシュのアメリカは、お山の大将になった。このガキ大将振りをとどめることのできる大人たちが、いないようなのである。小泉の追従振りは、目にあまる。教育の見直しの必要を説く小泉にお尋ねしたい。教育の要諦は何か。正直であること。公正であること。弱い者いじめをしないこと、などなどではないか。計算をすることが教育ではない。打算や欺瞞は、教育ではない。いまや、ならず者国家の総帥は、ブッシュのアメリカ。悪の枢軸は、このアメリカと、ブレアのイギリス、小泉の日本である。

人間には、二つの顔があるようである。わたしの若い頃からの恩人であるアメリカ人のAさん夫妻は、実に心やさしい親切な人たちであった。しかし、いったん、星条旗やアメリカという国のことになると、思考停止に陥り、議論無用の絶対的愛国者、ナショナリストの顔を剥き出しにした。最後の拠りどころとして、アメリカという世界に冠たる大国があったのである。しかし、これを卒業しなければ、神の国の宣教はできない。それが、「小さな群れよ、恐れるな」ということである。

「お嬢さん放浪記」の犬養道子さんが、いまも81歳で、立派に「お嬢さん」を貫いている。見習いたいものだ。二十歳代に、アメリカに留学する。その半ばで、健康をそこね、大陸横断鉄道で西海岸に向けての帰国の途上でのことである。容態が悪化した彼女のために列車が田舎の駅で臨時停車する。車掌のアナウンスでこのことを知った乗客たちが窓から顔を出し、口々に励ましのことばを投げかけた。みんなで出し合って彼女をいい療養所にいれてあげようではないかとその場で募金が始まり、カリフォルニアのサナトリウムで療養することになった。「お嬢さん」の人生を方向づける原体験の一つではなかったかと思う。アメリカの人たちには、そういった気風がある。いま、超大国アメリカの横暴は目にあまる。God bless America!? だれが、アーメンと言えますか。アメリカに限らず、国とか民族とかが前面に出てくると必ず今日のような事態になる。たまたま横断鉄道に乗り合わせた名もない人々の人間の顔と、国とか民族の名のもとに統合された時の別人の顔である。拉致事件の家族を見ても、いつも二つの顔を持って動いている。不自由なことである。

巨大な傲慢と愚昧が世界を席巻する中で、教会は、天から響いてくる「小さな群れよ、恐れるな」の呼びかけをしっかり聞きとめなければならない。


2003/02/01

必要なことはただ一つだけ
ルカ福音書 10:38-42
めぐみ教会でのこどもへの説教)

「大人への説教」は、近く発行される「めぐみフォーラム」創立10周年記念号に書きましたので、ここでは、「こどもへの説教」からお話します。

 昨年、小学生の頃からずっと始まったばかりの教会に来ていたさやかちゃんが洗礼を受けました。それを聞いた時、何か熱いものを感じました。きょうの礼拝は、めぐみ教会創立10周年記念の礼拝。さやかちゃん おめでとう、という感じです。教会の歴史は、わたしたち一人一人の歴史です。教会がなければ、わたしの歴史もない。教会とわたしたち一人一人の関係は、そういった関係ではないでしょうか。わたし自身のことを考えても、教会があるから、いま自分がある。教会がなければ、わたしの人生はない。そう思うと、教会が、ここにこうしてある。それは、わたしのために神さまが建ててくださった。わたしのために、教会が、何の不思議か、ここにあった。わたしを迎えてくれた。わたしを、導いてくれた。そういった関係が、わたしと教会との間にはあるのではないか。そう思うと、とても不思議に思うし、とてもありがたい。感謝です。

 さやかちゃん、よかったね。神さまの恵みだよ、と思うわけです。

 「必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」 口語訳では、写本の違いで、最初のところは、「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。」となっています。

 「必要なこと」「無くてならぬもの」を選んだひとは、ほんとうにしあわせなひとです。

 レオ・レオニの「フレデリック ―ちょっと かわった のねずみの はなし―」という絵本(好学社)。のねずみたちが、冬に備えて、とうもろこしとか、木の実とか、こむぎとか、わらとかをいっしょうけんめい集めている。ひとり、フレデリックだけは、べつだった。フレデリック、どうして、きみははたらかないの? とみんなが聞いた。フレデリックは、こう見えたって、はたらいてるよ。・・・光を、いろいろないろを、ことばを、あつめているんだ、と答える。くらい冬がやってきて、フレデリックが集めたひかりやいろやことばが、みんなに生きる力と喜びを与える。そういった本です。

 マリアも、イエスさまのお話をきいて、光を集めていた。いろいろないろを集めていた。ことばを集めていた。それが、「良い方を選んだ」ということでしょう。

 部活とか、塾とか、受験とか、いろいろあっても、教会には換えられません。教会とわたしたちの関係って、そういった関係ですね。

2003/01/31

恐れるな、小さい群れよ ルカ福音書12:22-34
 心を高く上げよ! 
朝山正治(前国立のぞみ教会牧師)

めぐみ教会創設10周年記念礼拝(03/26 Sun.)での説教
(「めぐみフォーラム」所載)

<ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。> ルカ12:31-32

 めぐみ教会創設10周年記念礼拝に説教者としてお招きいただきありがとうございます。10年。もうそんなになるのですね。

 きょうの聖書の箇所は、実は、昨年末、国立のぞみ教会の牧師としての最後の日曜日の礼拝で読んだのと同じ個所です。40年を経て、国立のぞみ教会は、「小さな群れよ、恐れるな」と呼びかけられるにぴったりの感じだったし、いまやっと10周年を迎えるめぐみ教会にも、この呼びかけは、ぴったりだと思います。要するに、教会は、「小さな群れよ、恐れるな」に始まり、「小さな群れよ、恐れるな」に終わる。小さな群れでよい。いや、小さな群れでなければならない。「恐れるな」という呼びかけを必要としない教会になってはならない、ということではないでしょうか。
 この間の朝日夕刊(2003/01/20 Tu.)「ほがらか」欄に、「綺羅星春秋」、「評論家・犬養基金代表 犬養道子さん(81)」という記事が載っていました。犬養さんが口述したものを編集したものです。きょうは、この記事を読みながら、聖書のお話をしたい。

 <2年前にクロアチアから帰ってきて、家がないもんだから老人ホームで暮らしています。>

 国際舞台で活躍している様子は、新聞やご本で断片的にではあるけれども少しは見ている。いまいわば最前線から退いて日本に帰り老人ホームで暮らしている。「家がないもんだから」、にはちょっとばかり驚いた。犬養さんほどの人が、家も持たずに走り回っていた。何にも拘束されずに走り回っていたということでしょう。<命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。・・・烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。>を地で行く姿を見るような気がする。

<私は第一級の身障者で、週に2回ほど介護を受けているけど、そのたびに今の若い人に希望を持つわ。だれにでも愚痴ばかりの人にでも、ニコニコしている。やってあげてるって感じがないの。>

難民や戦争の被災者の中で働いてきた彼女が、いつの間にか80歳を越える高齢者になり逆に介護を受ける立場におかれ、いまの若い人たちがお年寄りたちのためにニコニコして働いているのに励まされそこに希望を見ている。

 <難民支援もそこが大事ね。人間同士はつねに対等、あわれまれて喜ぶ人はいない。私は「アンダースタンド」という言葉が好きなんだけど、これを「理解する」なんて訳したのがいけない。「下に立つ」と素直に訳したらよかった。人間というのはやはりどこかで自分はえらい、自分は正しいと思い込んでいるもの。意識して、努力して人の下に立つぐらいでちょうどいいの。それで対等。>

 若い学生のころ読んでこんなふうにできたらいいなと思った本が二冊ある。一冊は、小田実さんの「何でも見てやろう」。もう一冊は、犬飼さんの「お嬢さん放浪記」。この本の「お嬢さん」と老人ホームの彼女とが、ちゃんとつながっている。本が手元にないので記憶で書くが、アメリカ留学半ばで、健康をそこね、大陸横断鉄道で西海岸に向けて帰国の途上でのことである。容態が悪化した彼女のために、列車が田舎の駅で臨時停車する。車掌のアナウンスでそのことを知って乗客たちが窓から顔を出し、口々に励ましのことばを投げてくれる。みんなで出し合って彼女をいい療養所に入れてあげようではないかとその場で募金が始まり、カリフォルニアのサナトリウムで療養することになった、というような話が載っていた。(この話は、「お嬢さん放浪記」とは別の彼女の本で読んだものだった。)アメリカの人たちには、そういった気風がある。今日、大国アメリカの横暴は目にあまるけれども、アメリカに限らず、国とか民族とかが前面に出てくると必ずこういった事態になる。人間は、たまたま横断鉄道に乗り合わせたどこのだれとも分からぬ一人一人の顔と、国とか民族の名のもとに統合されたときの別人の顔とを持っている。われわれは、一人一人が人間の顔をもった「小さな群れ」でなければならないのだ。「お嬢さん」のその後の人生は、そういった人間の顔をもった人たちの親切に報いるものであったのではないか。そしていま、人間の顔をもった若い人たちの親切を喜んで受けている。

 <幼いころ、年末になると母に連れられ、おみやげを持って近くの孤児院を訪ねていた。おみやげって私の大事にしている人形やおもちゃなの。子供心にどうして!って思ったわ。そしたら「自分のいらないものを人さまにあげても、差し上げたことにはならないのよ」って。「人の役に立ちたいと思うなら、自分も少しは痛い目にあわないと」とも。>

 やっぱりおかあさんですね。お母さんの心が、子供に伝わって行く。「お嬢さん」の背後には、すばらしいお母さんがいらっしゃったということでしょう。昨日の朝刊(朝日1/25 Sat.)に日野原重明さんが、「91歳の私の証・あるがまま行く」という文章の中で、わたしたちはそういったことを幼稚園とか教会という場所で身につけるのだと書いている。そう思うと、教会の10年には、非常に重い意味があります。

 <その点では今の快適な生活はちょっと居心地悪いのね。ぬくぬくした場所からでなく、苦しんでいる人のいる場所に行って、一緒に希望の種を見つけたい。世界地図を眺めながら、次はどこへ行こうかなって考えるのが楽しい。見て、このほおのシミ。アフリカでやられたの。今は簡単に取れますよ、と言われたけれど、とんでもない。勲章だもの。>

 「世界地図をながめながら、次はどこへ行こうかな」って、「お嬢さん」の発想です。贅沢というか。向こう見ずというか。こわいもの知らずというか。ベルジャエフというロシアの哲学者は、精神の貴族主義ということ言っています。武士は食わねど高楊枝です。発想の贅沢さ、大らかさ。犬飼さんのように発想し行動する人がふえるといいですね。「放蕩息子のたとえ」でも分かるように、クリスチャンは、大家の坊ちゃんです。放蕩に財産を使い果たすのはいけないけれど、犬養さんのように、神さまの栄光を現すために、自分を使い果たして生きる、使い切って生きる。そういった生き方ができたらいい。

 <出版社に、80年を回顧する本を書けとよく言われるの。でも回顧なんてしたくないわ。「80歳からの未来」って本なら書いてみたいけど。>

 そうでしょう。回顧など年寄りのすること。「お嬢さん」のすることではない。「先ず神の国と神の義とを求めよ」とは、そういうことでしょう。

 教会は、「恐れるな、小さな群れよ」と呼びかけられている群れ。小さいけれども、びくびくけちけちせずに、自分を使い果たし使い切って生きる人生へとチャレンジされている幸いな者たちの群れです。

 10周年の小さな群れよ、心を高く上げよ!

「しなやかな心で福音を伝えよ」(2003年めぐみ教会主題)。


2003/01/29
歌を忘れたカナリヤは

 めぐみ教会創設10周年記念礼拝に招かれて、久しぶりに(4週間ぶり)説教しました。後で書く「心を高く上げよ!」という文章は、その時の要旨です。

めぐみでは、大人への説教の前にこどもへの説教があります。指定された聖書の個所は、マリアとマルタの物語(ルカ10:38-42)。礼拝では、42節の「必要なことは一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取上げてはならない。」というところだけが読まれた。話は、5分で、という注文。テレビで紹介されていたレオ・レオニという絵本作家の「フレディー」を国立市の図書館から借りてきて、見せてあげた。フレディは、ほかの仲間が一生懸命働いているのに、一人だけ何もしない。しかし実は、彼は、ことばを集め、光を集め、いろいろな色を集めていたのだ。冬になり、彼の集めたことばが、光が、いろいろな色が、仲間に生きる力を与えることになる。

マルタは、マリアが何もしない、何とか言ってあげてください、とイエスさまに訴える。イエスさまは、マルタよ、無くてならぬものは多くはない、いや、一つだけである。マリヤはそのよいほうを選んだのだ、と言われた。マリヤは、ことばを集めていた。光を集めていた。いろいろな色を集めていたのです。

国立から多摩ニュータウンへ引越し中です。

昨日、128日には、少し大きいテーブルと、わたし専用の回転イスと、パソコンを置くテーブルとを、S長老の大きな車で、二度往復して運びました。

その前日には、多摩ニュータウンの豊ヶ丘に、I牧師に来ていただいて、移転に伴うADSLの設定しなおしを、ノートパソコンにしていただきました。

きょうは、書棚が一つ入りました。それに、いらない時は積み上げて部屋の隅に置いておけるチェアを6脚運び入れました。

IPCC事務局兼IPCC豊ヶ丘フェローシップの部屋も、少しずつ形ができてきました。

ところで、西条八十の「歌を忘れたカナリヤは・・・」って、意味深ですね。

唄を忘れた金糸雀(かなりや)は
 後の山に棄てましょか
 いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
 背戸の小藪に埋めましょか
 いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
 柳の鞭でぶちましょか
 いえ いえ それはかわいそう

唄を忘れた金糸雀は
 象牙の船に銀の櫂
 月夜の海に浮かべれば
 忘れた唄を思い出す

「柳の鞭でぶちましょか」というのは、知らなかった。
 「象牙の船に銀の櫂/月夜の海に浮かべれば」というのがいい。象牙の塔は陰気臭いけど、象牙の船はいい。

 新年に「船出」した「IPCC豊ヶ丘フェローシップ」、優雅な旅を楽しみたい。これ、言うのは難しいけれど、いま日本に必要なのは、decency と優雅さじゃないかな。昔の子供の唄、切ないけれどどこか優雅だったような気がします。「雨が降ります 雨が降る 遊びに行きたし 傘はなし 紅緒のかっこも 緒が切れた」など、なんとも貧乏な唄だ。なのに情がありますね。decentで優雅です。(などといい気分になっていたら、妻が起きてきて、「目が悪くなっても知らないから」と怒って、電気を消して行ってしまった。ここまでにして、「心を高く上げよ!」は、後日。)


2002/01/17
こわい
ガラテヤの信徒への手紙 1章つづき

 下に引用する「こわい」と題をつけた小文は、わたしが所属するカンバーランド長老キリスト教会の119日発行「ぷれすびてりー」誌(季刊)に「ガラテヤ書による小説教B」として書いたもの。「こわい」という表題を活字で目にした時、えらいことになったとわれながら少し心配になって来た。コラム記事のような小さな文章とは言え、説教は、慰めでなければならない。励ましでなければならない。人の心を騒がせるような題や内容の話は、まずいのではないか。どうして差しさわりのない話で済ませることができないのか。しかし、見た者が見なかったとは言えない。歴史に逆走する肥大化した化け物―とまたまた過激、どうもいけない。とは言っても、決して過剰とは思わない―の尻尾を見たのだ。尻尾をつかみ、振り回され投げ飛ばされないで、正体を白日のもとに引っ張り出すことができるかどうか。1万5千円もするある学者の書いた注解書を反面教師の象徴として前に据え置いて、徒手空拳、まあ、やってみるか。要するに、ガラテヤ書の衝撃をまともに受けようとするなら、やはりこわいのである。わたしの見るところ、教会はガラテヤ書の衝撃を真正面から受け止めていない。教理という安定した緩衝剤で、衝撃を緩和し、事実上、パウロの語っていることを骨抜きにしている。歴史に逆走しているのである。

 以下、「ぷれすびてりー」誌に書いた記事の引用:

 思わせぶりの回りくどい書き方をしているかも知れない。とびが空を旋回しているみたいに、ぐるぐる回っている。なかなか目標めがけて一気に急降下することができない。

 ある程度、ガラテヤ書の特性がそうさせているのである。

 こわいのである。核心に触れるのがこわいのである。

 「キリストの恵みへ招いてくださった方から、あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています。」(1:6

 「ほかの福音といっても、もう一つ別の福音があるわけではなく、ある人々があなたがたを惑わし、キリストの福音を覆そうとしているにすぎないのです。」(1:7)

 「あなたがたが受けたものに反する福音を告げ知らせる者がいれば、呪われるがよい。」(1:9)

 「ほかの福音に乗り換えようとしている」という日本語訳は名訳である。東京へ行くはずの列車に乗らずに、大阪行きに乗ってしまう。列車は、永久に東京に着くことはない。そんなことが、いま、ガラテヤの教会に起こっている、というのである。いや、実は、ガラテヤの教会だけの問題ではない。「ある人々があなたがたを惑わし」とある。「ある人々」とは、だれか。教界の偉い人たちである。

 はっきり言おう。パウロは、教会全体を向こうに回して、「福音の真理」(2:14)を守ろうとしているのである。だからいきなり手紙の冒頭で、「人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ」と自分を紹介し、11-12節では、「兄弟たち、あなたがたにはっきり言います。わたしが告げ知らせた福音は、人によるものではありません。わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです。」と述べているのである。


2003/01/10 Fri.
小鳥たちとのお別れ会

 ほとんど信じがたいことだが、ほんとうのことだ。鳥たちが、別れに来てくれたのだ。ターザンの森の動物たちのように。

 教会(国立)のロビーの窓を開け、ピーピッと口笛を吹いて、パンや米粒を撒いてやる。雀や、ヒヨドリがやってくる。時には、四十雀もくる。山鳩がつがいで、時には三羽で、のっそりのっそり歩いてくる。そうやって、わたしは小鳥たちと友だちになった。

隣接する市の児童公園に大きく成長した二本のしだれ桜があり、その横には、教会から大きな枝を伸ばした山桜の木がある。春は、それぞれが何ともいえない美しい花を咲かせる。四季折々、鳥たちはそこへやってくる。公園と教会を仕切る形ばかりの竹を井桁にくんだ低い垣根がある。鳥たちは、そこにとまり、地面に降りて、パンや米粒をついばんで行く。ヒヨドリは、近くの枝にとまって、翼を伸ばし、ゆっくりと毛づくろいなどを始める。鳥たちのボディーラングエッジである。教会の近辺に巣を持つ数羽の雀たちと、数羽のヒヨドリたちがいて、その他によそから不定期に飛来するものたちがいるようである。ピーピッとしなくても、群がっていっせいに飛んでくることもある。ピーピッとやても、姿を現さないときもある。鳥にも、都合や気分があるようだ。

 きょうは、十日ぶりで教会にやって来て、牧師室の整理をしている。鳥たちのことは気になっているけれども、どうせもう忘れてしまったことだろう。パンも米粒も上げないで、二階に上がり牧師室の片付けをした。そしてちょっといま、時間で言えば、昼のころ、郵便受けを見にか何かで下へ降りて、外へ出た。穏やかないい天気だ。小鳥たちのさえずりが聞こえてきた。玄関先の葉を落とした花ミズキの梢に二羽三羽、めじろたちがやって来て、盛んに舞うように枝の間を飛び交っている。下からピーピッと口笛を吹いた。めじろたちは呼応して、さえずりながら踊った。そうやって一緒に歌った。めじろたちも、気にしていたんだ、と思った。雀が二三羽、おずおずと飛んできて、ここにいるよという身振りをした。鳥たちには、それぞれ独特のボディーラングエッジがある。雀にも、すぐ近づいてくるのがいるし、遠くで見ているのもいる。飛び立つと、たちまち向こうの家の屋根を越えて姿を消してしまう。きょうは、雀は二三羽、ずいぶんお久しぶりといった感じで近づいてきた。その時にぎやかに騒ぎだしたのはヒヨドリたちだった。はじめは、声だけで姿が見えなかった。

 そうだと思い急いで教会の中に入り、小さく一握りの米粒とパンを取り出し、ロビーの窓を開けて、いつものようにピーピッと口笛を吹いて撒いた。信じがたいことに、どこから集まってきたのか何十羽ものヒヨドリが、あちらからこちらから飛来したのである。誇張ではありません。彼らは、枝垂桜、山桜の葉を落とした枝枝にとまり、口笛にこたえて歌い、にぎやかに騒ぎ、また飛び交い、場所を入れ替わり、そうやってしばらく過ごして、飛び去っていった。国立中のヒヨドリたちがみんなやってきたかのような、いままで見たこともない情景だった。

 かねがね、教会で見るヒヨドリたちとそこから五百メートルほど離れたところにある牧師館で見るヒヨドリとは、同じ鳥たちなのか違う鳥たちなのか疑問に思っていた。おそらく違う鳥たちだろうと思う。しかし、鳥たちは、われわれが鳥たちを知っている以上に、われわれの動静をよく見て知っている。これは、確かだと思う。そして、鳥たちの間のネットワーク(連絡網)も、われわれが考える以上に緊密に張り巡らされているようだ。

 きょう、教会は、わたし一人だけ。わたしと鳥たちだけのお別れ会だ。ありがとう。元気でね。

 町には、木がなければならない。大きな木がそこかしこになければならない。鳥たちが安心して暮らせる空間がなければ、人間のしあわせもない。わたしたちがこんどそこに住むことにした豊ヶ丘の住まいは、窓を開ければ、そこはちょっとした森だ。夕暮れの森の梢には、無数のヒヨドリたちが、それぞれの居住地のあたりを上下して舞っている。国立も、森のある町とまでいかないにしても、せめてここかしこに木立のある空気のきれいな町であってほしい。

 そうだ、いま国立の牧師室のデスクトップのパソコンでこれを打っているのだが、目の前に置いてあるジオットの「小鳥に説教するフランシスコ」の絵、これは豊ヶ丘にもって行くことにしよう。

 2003/01/10 Fri. 12:50pm.



2003/01/09 Th.
ガラテヤ書再読 1:3
グッドラック

 朝日の夕刊(03/01/08Wed.)で、昨年の夏八十歳になったシャンソン歌手の石井好子さんが、八十八歳で亡くなったお母さんを回想して「グッドラック」という小エッセーを書いています。その終わりの段落:

<意識不明になる前日、私は仕事があった。「行ってくるわね」と立ち上がったら何か言った。そばに寄るとかすれた声で「グッドラック」と言った。いつもいつも私の舞台を心配して見守っていた母の最期の言葉だった。>

 「グッドラック」というのが気に入りました。

 挨拶の言葉って、結構難しいですよね。わたしは大の筆不精です。字が下手です。それが一つ。それから、書き出しの季節の挨拶。若い頃、英語で手紙を書くとき、季節の挨拶を長々と書いたりしたことを思い出します。ところが、向こうから送られてくる英語の手紙は、季節の挨拶など抜きで、いきなり用件が述べられていたりする。習慣は恐ろしいもので、こういった小さなこと一つも、古いものを捨てたり新しいものを取り入れたりすることがなかなか簡単にはできない。

 クリスチャンの手紙の書き出しにも、いくつかのお決まりの文句があって、これを先ず書かないと第一のものを第一にしていないと言われそうな気がして、何かそれらしいことを信仰のあかしとして書いたりするのだけれども、何かしっくりしないものがあります。

 死ぬ時の挨拶も、いかにもクリスチャンらしい、あるいは牧師らしい何かいいことばがあるのかもしれないけれども、どうなんだろう。たとえば「ゴッドブレッスユー」と言っても、ぴんと来ない気がする。かと言って、「じゃあねっ」ではあまりだと思うし・・・。

 どんな死に方をするかはその時にならないと分からないけれども、終わりの言葉として、「グッドラック」などはなかなかいいのではないかと思う。もっとも、ここでいいと言ってしまったことばなど、とても本番では使えないでしょうけれども。

 「挨拶」ついでに、パウロの手紙の挨拶のことばをちょっと見ておくことにします。

 <わたしたちの父である神と、主イエス・キリストの恵みと平和が、あなたがたにあるように。>

 「恵み」は、ギリシャ風のお決まり文句だそうです。「平和」は、ヘブライ式のお決まりの文句。これを二つつなげて、全く新しい響きを持たせた。それが、パウロのパウロたるところと言っていいでしょう。ギリシャとユダヤ、ユダヤ人からすれば、ユダヤ人と異邦人、東は東、西は西、洋の東西永遠に交わることなし、という状況を打ち破る言葉として、ギリシャ風の挨拶とヘブライ風のお決り文句をリサイクルして全く新しい挨拶の言葉に作り変えた。こんなところにも、パウロの天才があります。

 ついでに、ガラテヤ書の結びの挨拶もちょっと見ておきましょう。

 <兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように、アーメン。> 「あなたがたの霊と共にあるように」の「霊」という語。この語のパウロの用法については、後々申し上げることがあると思いますが、一言申しておくとして、この語ほど間違ってとられている例もないように思います。肉と霊という仕方でパウロも対置して語ります。で、教会の人たちは、肉は、この肉体。欲情とこの世の汚れにまみれたこの人間の肉体。霊は、そういったものから離れた、清らかな何か、といったイメージをもっている。で、実際にはどっぷりこの世的なのに、建前として、清らかな世界を憧れて生きるという、実に観念的といいますか、幻想的といいますか、あるいは偽善的、欺瞞的といいますか、キリスト教という宗教が、しっかり歴史に足を置いたものではなくて、非歴史的なものになってしまっている。これでは、パウロの手紙は、全く理解できません。「あなたがたの霊」とは、イエス・キリストの復活の命に与かって全く新しい人間として歩き出した新しい人間の新しいアイデンティティを言ったものであります。キリスト者とは、この地上の歴史を、新しいアイデンティティを付与された者として生きる人たちのことです。新しいアイデンティティをもって生きる人々の上に、恵みがあるようにというのが、結びの祝祷です。

 「グッドラック」から思わぬところへ展開しました。きょうは、ここまでにします。 


2003/01/08 Wed.
ガラテヤ書再読 1:1 続き

 前回、「教会が早くも人間が支配する俗っぽい団体に成り下がっている」などと、少々乱暴な書き方をした。しかし、これで怒ってはいけない。われわれは、想像以上に俗っぽいのである。お祈りをしたり、聖書を読んだり、讃美歌を歌ったりして、敬虔なクリスチャンをしながら、一皮むけば実に俗っぽいのである。気がついていればまだ救いようがあるけれども、大真面目に「信仰的」であったり「霊的」であったりしながら、実態はどっぷりこの世的であったりするのである。

これは、いつの時代も変わらない。おそらく、初代の教会においても同じだったろう。福音書にあるだれがいちばん偉いか論争など、その端的な現われである。イエスの死後、教団の結集、中央集権化が進む中で、当然、主だった人々、実権を握る人々が出てきた。人間が二人以上集まれば、これはやむを得ぬ成り行きである。

問題は、成り行き上そういったところに居合わせることになった人たちが、いかなる哲学、思想、原理によって(ほかにいいことばが浮かばないの一応こういったありきたりの用語で言わせていただく)自分たちのポジションなり立場なりを受け止めているかということである。一般に信仰といっても、それぞれが小さい時から培ってきた考えや理論を越えるのは非常に難しいのである。かつてイザヤ・ベンダサンが、日本教ということを言った。キリスト教徒も、日本のキリスト教徒は、日本教徒キリスト派であると書いていた。その論法で言えば、アメリカのキリスト教徒は、結局、アメリカ教徒キリスト派ということになる。そして、われわれが見るアメリカの教会は、まさにそういったものである。原始キリスト教の世界も、似たようなものだったのではないか。イエスなき後のパレスチナのキリスト教は、ユダヤ教徒キリスト派として古きよき時代への里帰りを始めていたのである。もしパウロのように深く神学する人間が出現しなかったならば、いまあるキリスト教は、ついになかったであろう。パウロこそ、キリスト教をユダヤ教からはっきり切り離した人物である。

 で、前回の続き。「人々からでも、人を通してでもなく」と言って、次にパウロは、「イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって」使徒とされたパウロ、と書く。イエス・キリストは、ユダヤ教とキリスト教を截然と分ける分水嶺である。キリストにおいてパウロは、徹底的に新しい領域に入った。キリストにおいて、古い彼は死に、新しい彼が生まれた。このことは、この書の中でいろいろなかたちで何度も述べられているので、後日、何度も書くことになる。そのことを先取りする形で、自分が使徒として生きているのは、イエス・キリストのお陰である。そして、イエス・キリストを死者の中から復活させた神のお陰である、と言っているのである。イエスは、死んだ。死んで、神によって復活させられた。死をはさんで、われらの前に立ち現れるイエス・キリスト。死者の中からの復活。死。この、死が重要である。死がなければ、何も始まらないのである。死がなければ、われわれの生き方は、この世の生き方とだらだらとつながったままなのである。われわれが洗礼を受けるのも、聖餐式に与かるのも、キリストの死に与かるためである。「だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」と述べられている通りである(コリント一11:26)。


2003/01/07 Tu.

ガラテヤ書 1:1

「ガラテヤ書再読」、しばらくここ ipcc talk に掲載します。
いろいろHPの模様替えする予定です。
引越しに伴う設定のしなおしなど面倒が多いですね。

 ipcc 豊ヶ丘フェローシップは、ガラテヤ書の再読から始めます。

 パウロは、のっけから半ばけんか腰です。
 わたしパウロは、押しも押されぬ使徒でござる。いや、わたしのような者を推し遣わしてくれる方がいて、現在のわたしがある。自分のやりたいことを勝手にしているわけでは決してありません。
 だれに推され、だれに遣わされたのかって。良くぞ聞いてくれた。言っちゃ悪いが、あなたがたじゃない。と、表向きの手紙の相手とは違った人たちを相手に書いている。

 「人々からでもなく、人を通してでもなく」と書いたとき、パウロは、具体的なあれやこれやの人の顔を思い浮かべている。教会の偉い人たちの顔だ。中にはまだ会ったこともない人たちの顔もある。顔は知らないが、力を振るっているひとたちだ。

 教会が早くも人間が支配する俗っぽい団体に成り下がっている。一握りの偉い人たちがいて、俺たちに聞かなければことは動きませんよ、といった顔をしている。何も分からない者たちは、その人たちの顔色をうかがいながら動いている。そういった、どこにでもある、権力構造としての教会が出現しつつあったのだ。

 だれであれ、人に支配させてはならない。教会を、人間の支配するところとしてはならない。

 話は大いにそれるが、国も同じだ。いま、アメリカが世界を支配している。そして、アメリカを、ブッシュが支配している。ブッシュを選んだのは、アメリカの国民である。その中には、多くのクリスチャンを自称する者たちが含まれている。そういった人たちによって選ばれた大統領とその取り巻きの一握りの人たちが、世界の運命を握っている。

 民主主義という制度は、かなりあぶない制度だ。

 教会の制度に、長老制というのがある。民主主義で教会を運営する制度である。信徒たちが選んだ長老たちが、教会の政治を担う制度である。これが正しく機能するためには、長老たちを選ぶ一人一人の信徒たちの意識なり、見識なり、自覚なりが、よほどよほどしっかりしないと、ろくでもないものになる。

 話を戻す。パウロは、人間支配の教会を、本来の姿にしなければならないと考えている。と言って、またまた大いにわき道にそれるが、今朝(1月5日、日曜日)の新聞を見て驚いた。朝日一面のトップ記事。<教官の「通知表」/一橋大、全公開/科目ごと、実名で>の大見出し。

一橋は、いい学校だ。きのうまでわたしがそこの牧師をしていた教会の目と鼻の先ある学校だ。教会にはも、そこの学生や関係者が大勢出入りしている。若い大事な働き手(専従者)の一人は、そこの出身者だ。一橋の学生が、授業の一環で、インタビューに来たりする事もある。一度は、そこでちょっとした話をしたこともある。いい学校だ。わたしは、大変に好感をもって見ている。

その一橋大学が、<全学部のほぼすべての授業で、学生による5段階の授業評価を実施し、結果を教官名を含めて科目ごとに公開することを決めた。>というのである。
 これがいいのか悪いのか。
 わたしは、いいとは思わない。粒ぞろいの先生を揃えるにはいいかも知れないけれども、本当にクリエイティブな人材を得るのはますます困難になってくるのではないか。「良い評価を得ようと学生に迎合する授業が増える可能性がある」からだ。

とにかくいまこの国では、親は子供のご機嫌を伺い、学校の教師は父兄たちの思惑を気にし、校長は、出世のために魂を売り飛ばし、上からの指示に従って下に理不尽な権力を振るい、・・・といえばきりがないが、とにかく、勝手な人間主義が横行し、人間をだめにし、世の中をダメにしているのではないか。

とにかく、パウロは偉い人たちの教会支配にノーを言ったのである。

これがあるから、教会は長い歴史の中で、いろいろな難局を切り抜けてくることができた。いちばん分かりやすい例が、ルターやカルヴァンの名で知られる16世紀の宗教改革である。だれが何と言おうと、わたしはわたし、「われここに立つ」というルターの、存在を賭けたたたかいが、教会をもう一度立ち直らせたのだ。

で、パウロは、だれであろうと、人間を相手にしない、というのである。自分を自分にしているものは、ほかにある、と言っているのである。茨木さんの、「依りかからず」という詩を思い起こします。レノンのイマジンもそうですえね。天国も地獄もない。宗教もいらない、などというと、腰を抜かすほど驚く信仰厚い人たちがいることだろう。そういった人たちの信仰というのは、出来上がった何かを信じているだけで、ほんとうの神も信仰も知らないのだ。一度、そういった一切のものを振るい落とさなければ、ほんとうの再生はない。
 
 実はこの文章は、1月5日(日)の豊ヶ丘フェローシップで話したことを思い起こしながら、きょう7日、国立の牧師館の畳の部屋の掘りごたつで書いている。今中断して、新聞受けから朝刊を取り出し、コタツに入って目を通している。「天声人語」が、読者からの年賀状を紹介している。その中に、こういうのがある、

<甲府のMさんは「分からない」を繰り返す。「キリストを信じる人たちが、どうして、気に喰わないとすぐコブシを振り上げて、地球の反対側迄も行ってバク弾を落として人を殺すのか。神様は『汝、殺すなかれ』とはっきり命令しているではないか。・・・・・・分からない。分からない」と。>

ぎくッ、です。世の教会のみなさん、わたしたちはいま、こういった問いを突きつけられている。何と答えたらいいのですか。あなたは、どう答えますか。信仰の見直しが迫られているのです。教会のかたちが問われているのです。

パウロは、「人々からでもなく、人を通してでもなく」と書いて次に、「イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ、・・・」と言っています。ここは、次回書くことにします。



2003/01/06 Mon.

狼と仔羊


 仔羊が川で水を飲んでいるのを狼が見つけ、もっともらしい口実を設けて食べてやろうと思った。そこで川上に立つと、お前は水を濁らせ、俺が飲めなくしている、と仔羊に言いがかりをつけた。仔羊が、ほんの唇の先で飲んでいるだけだし、それでなくても、川下にいて上流の水を濁すことはできない、と言うと、この口実が空を切った狼は、
「しかしお前は、去年俺の親父に悪態をついたぞ」と言った。
 一年前はまだ生まれていなかった、と仔羊が言うと、狼の言うには、
「お前がどんなに言い訳上手でも、俺としては食べないわけにはいかないのだ」
 悪事を働くことが決まっている人の所では正当な弁明も無力である、ということをこの話は説き明かしている。
― 「イソップ寓話集」(岩波文庫)より

 野蛮な時代である。
 言うことばがない。


2003/01/01 Wed.

船 出

IPCC TOYOGAOKA FELLOWSHIP

IPCC豊ヶ丘フェローシップ


 明けましておめでとうございます。

 見知らぬ方から、「この歌の英文を教えてください」と、唐突なメールが届きました。「この歌」って、どの歌ですか、と返事を書きました。「イマジン」と返事がきました。で、ipcc-talk からJohn Lennon Imagine の原詩をコピーして返信で送ってあげました。暮れに、NHKのテレビで「イマジン」の番組を見て、その英語の詩が知りたくなった。で、どこでアドレスを知ったのか、わたしのところへメールをくれたわけです。パソコンを習い始めて二ヶ月というご婦人です。

 実は、わたしも妻と二人で、1230日、引退後そこで暮らすことになっている多摩ニュータウンの豊ヶ丘団地へ行き、夕方の二三時間を過ごしました。三階にある部屋から、少し赤みを帯びた夕闇が葉を落とした木立と常緑樹が混在する目の前の森を静かに包み込んで行くのを感慨深く眺めていました。いつの間にか暗くなった部屋の片隅で、二千円で買ってきた中古の小型テレビが、先ほどのメールの方が見ていた、ジョン・レノン「イマジン」の特集を放送していました。夕闇の中で見る画面は、レンブラントか誰かの絵のように赤く燃えていました。(この部屋で経験する二度目のカミオだ!)

・・・       

Imagine no possessions

I wonder if you can

No need for greed or hunger

A brotherhood of man

Imagine all the people

Sharing all the world…

・・・

これだ。イマジンは、やはり二十一世紀の歌だ。退職の日を翌日に控えた夕闇の豊ヶ丘でしみじみそう思いましたよ。
  
 さて、年が明け、200311日、朝、メールの方にイマジンの原詩を送信してから、妻と二人、国立の牧師館から豊ヶ丘へやって来ました。(高齢の同居人がおり、牧師館をまるまるあけることはできない事情があるのです。)

そして、聖霊の導きのもとに、午後2時、妻と二人、

IPCC 豊ヶ丘フェローシップ」船出の礼拝を守りました。

教会を始めるのではありません。

わたしども引退牧師夫婦は、日曜日の朝は、わたしが所属するカンバーランド長老キリスト教会の諸教会をはじめとして、教派を問わず近隣の諸教会の礼拝に出席させていただくつもりです。

従って、IPCC豊ヶ丘フェローシップは、午後2時に開く予定です。

人数を増やす集会はしません。集める集会ではなく、集まる集いです。当面、妻と二人で、inter-personal な共同体の形成について、聖書を読み進めていく予定です。その状況については、随時、IPCC HP上に発表するつもりです。ということで、きょう元旦の午後二時、日曜日ではありませんでしたが、妻と二人で最初のIPCC豊ヶ丘フェローシップの会を守ったわけです。

イザヤ書11:1-10を読みました。

前夜用意しておいた、”ipcc TF note” 準備号no.1 を読み上げました。

ついで、この朝読んだ、朝日の元旦の社説<「千と千尋」の精神で ― 年の初めに考える>を読みました。妻もすでに読んでいましたので、細かくは読みませんでしたが。大筋において、賛同を覚えます。しかし、「多神教の思想を生かそう」と表題をふった最後の部分については、異論があります。紋切り型の一神教、多神教の説明には大いに問題があります。後日、この社説についてはもう少し詳しく書きます。最近、キリスト教を一神教の宗教という切り口で切り捨てる紋切り型の論調がはやっていますが、大いに問題があります。ipcc は、この乱暴な色分けを受け入れることはできません。

われわれの知るキリスト教は、上からの一元的な統治・支配としての一神教ではありません。聖書の神は、「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と呼ばれる神です。モーセの神、サムエルの神、エレミヤの神です。新約聖書で言えば、ヨセフの神、マリアの神、ペテロの神、サウロあるいはパウロの神です。一個一個の人間に、人格的に出会われる神です。クニヨ(妻の名)の神、マサハル(筆者)の神です。パーソンをパーソンとする神、一人一人を、人間(新しい人間)とする神です。、名もない弱い個々の人間に現われ、彼、彼女を、固有の人間とし、それぞれが「わたしはわたし」と言えるようにしてくれる神です。

IPCC は、まさに、そこから始まる新しい人類共同体の形成に向けての教会のムーブメント(運動)にほかなりません。

さて、どうなりますか。

IPCC 豊ヶ丘フェローシップ が、きょう2003年一月元旦に、多摩ニュータウンの一角で発足しましたことを、小さな人間の小さな声で発表いたします。

二人の主にある兄弟と姉妹が、「先生の新しい働きのために」と言って献げてくれた30万円とわたしどもの最初の献金1万円を合わせて31万円を最初の活動資金として(ためるためではなく活用する資金として)計上したことも申し添えて、お知らせとします。
 
 みなさまの上に神の祝福をお祈りします。
 この年、地上に平和がありますようお祈りします。

2003/01/01

IPCC主幹
  IPCC豊ヶ丘フェローシップ代表
  朝 山 正 治

新住所:
〒206-0031 東京都多摩市
         多摩ニュータウン豊ヶ丘団地6−3−2 308
     電話 042-373-2710
(引越しは、一月中旬以降になります。)
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IPCC Office
Chair - Masaharu Asayama
E-mail : asa@ipcc-21.com