のぞみを失わず コリント二 4:1-18

 国立のぞみ教会は、八月に献堂37周年記念の日を迎えます。37というのは、現在の場所に教会堂が建ち献堂式を守った1964年8月23日(日)を起点とする数字です。それよりも3年前、196157日(日)に、愛児園の部屋において国立の地における最初の主日礼拝が守られています。その日を起点としてかぞえると、きょうはまさに宣教開始40周年の記念の日になります。その経緯が「20周年記念誌」に記されていますのでその部分をコピーしました。お読みください。最初の日曜日は、大人の礼拝と子どもの礼拝の出席者がどちらも八人。「両方末広がりで縁起がいい」という言い方をするひとがいて、それがひどく俗っぽく聞こえいやな感じをもちました。そういった点が、献堂のほうを祝うようになる隠れた理由の一つです。

 いま40年を振り返る機会を与えられ、自分はどんな振り返り方をしているだろうかとふとあらためて考えさせられています。この間の日曜日と月曜日に「アブラハム!」を主題に三教会合同の退修会が開かれました。グループ活動でわたしたちの組は、創世記18-19章が割り当てられました。「ソドムのための執り成し」と「ソドムの滅亡」の箇所です。そこに、「ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった」というところがあります。洗濯物がどうなったか気になってちょっと振り向いただけなのかも知れないのに「塩の柱」とはひどいという話しになりました。「後ろを振り向く」ことには、大きな危険が潜んでいるということではないでしょうか。(歴史教科書問題なども、この問題性を含んでいます。)実際、この原稿も、最初、次のように書き始めました。
 <いまわたしは40年の歩みを振り返り、敗北宣言をして引き下がるときが来たと思っています。戦後の日本の復興は、日本の敗戦から始まりました。しかし、敗戦を敗戦と言わず終戦と言って、結局、うやむやのうちに50年、60年が経った。そしていままた戦前が息を吹き返している。第二の敗北宣言、今度こそはほんとうの敗北宣言が必要な状況に立ち至ったと思います。わたしは、神学生、伝道師、牧師としての40年間、中学生のときに洗礼を受けたときから数えれば50余年、クリスチャンとしてここまで歩んできました。そしていま振り返ると、自分のやってきたことは、結局、何だったのかという思いにさせられます。大勢のみなさんが一生懸命にがんばっておられる。そのことを見ないで、ひとり敗北宣言を出したりするのは、無責任であるし、いい気なものです。このことは承知の上でなお、あらためて「宣教開始40年」を考えると、この40年は結局何だったのか、敗北宣言をして引き下がる以外にないではないか、という思いにさせられるわけなのです。>

 敗北宣言にうそはないと思いますけれども、やはり俗っぽい発想だなといま思います。ロトの妻が塩の柱にされたのも、その俗っぽさのためではなかったか。アブラハムが甥のロトによいほうの土地を選ばせて別れる場面があります。さすがにアブラハムはがっくりしたようです。しかしそのときアブラハムは、「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい」という神の声を聞きます。

 コリント二4章。1節、「落胆しません」。7節、「宝を土の器に納めています」。18節、「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます」。そして、8節、「途方に暮れても失望せず」。ここは文語訳で、「為ん方(せんかた)つくれど希望(のぞみ)を失はず」。わたしたちの教会の名は、ここから来ています。 

01/05/06

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