理性によって五つの言葉を コリント一14:1-25

  ここ二三日の暑さは尋常ではない。天変地異の前触れではないか。天も、ついに怒りを爆発させるのではないか。
 牧師が、天変地異に希望を託すようになったら、お仕舞いですね。

昨日、土曜日、の昼前に、市議会議員の関口博兄が教会にやって来ました。
 「大変な事態になりました。国立で、『新しい歴史教科書をつくる会』編纂の扶桑社版、歴史・公民教科書が採択される情勢です」
 「え?! まさか」
 国立市教育委員会の動きがその方向に向かっている。最終決定は、23日、24日ころ。これから駅へ行って、反対の署名活動をして来ます。そう言って、くそ暑い中を出て行きました。
 二時間ほどして、鼻の頭を赤くして戻ってきました。
 「どうだった」
 「うん、反応が鈍いですね」

 これから、この町は、いやこの国はどうなるのでしょうか。

 「ひろしさん。せいぜいがんばってください。ボクは、お祈りしてるよ」
 「冷房の効いたお部屋でね」と、美樹夫人がちゃちゃを入れた。
 「そう!天変地異がおこるよう、祈ることにします・・・。どこか、寒くなく、暑くない、二三千人の人が住む遠くの島はないかね。そこへ行って住むことにしますよ」

 この無力感、敗北感をはね返す力は、もう残ってないような気がします。手も足もでません。なるようにしかならない。どうでもいい。だまって、引っ込むだけです。

 <洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。> ― マタイ24:38-39

 この町も、何事もないかのように、日々が平和に経過して行きます。教科書問題も首相の815日の靖国参拝も、ほかのもろもろの問題のなかの一つに過ぎない。これを何事かのように取り上げて問題にするほどのことはない。まして、教会の問題ではないのではないか。・・・。

 ほんと? それでいいの!?

 食べたり飲んだりしながら気がついてみれば、年寄りたちには懐かしくてたまらぬいつか来た道へ来ているではありませんか。奈落のそこへと落ち込んでいくあの道へ。涙が出るほどうれしい。日の丸を振ってお祝いしましょう。万歳!万歳!さあ、子どもたちも一緒に、一億一心、いっちに、いっちに、みんな元気で勇ましく、坂道を転げ落ちて行きましょう。

 主よ、今こそ、「理性によって五つの言葉を語る」力を!

(燃え尽き症候群からの脱出は、可能か。<モーセは、・・・神の山ホレブに来た。そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は燃えているのに、柴は燃え尽きない。モーセは言った。「・・・どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」―出エジプト3:1-3> 燃え尽きない柴の中から「モーセよ、モーセよ」と呼びかけられた方の声が今も聞こえるかどうか、ですね。)

01/07/15

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