イエス・キリストの香り Uコリント2章13節−17節

大澤茂一長老

“イエス・キリストの香り”から連想することは、心が和むような言葉や情景が思い浮かびます。優しさや、暖かさ、聖母子を描いた絵や彫刻を思い描くことができます。

 この箇所におけるイエス・キリストの香りとはどのような香りなのでしょうか。

 この情景は、ローマ皇帝が地域を拡大するためにローマ軍を遠征させ、戦いに勝ち、帰国した時にローマ軍の将軍に与えられる最高の栄誉が凱旋行進だった。パウロはこの時の状況を世界征服者としてのイエス・キリストを頭に描いて語っている箇所です。

 凱旋将軍の行進は、官吏と上院議員、次にラッパ手、次に戦利品、次に鎖につながれた捕虜(やがて闘技場で処刑される)、次に楽士、祭司、そして凱旋将軍とその後から将軍の家族、軍隊がつづいた。祭司は行進するときに香をたきその香りを周囲にふりまいた。パウロは、この状況を描いて語っている。

 パウロは、1年半の間コリントにとどまり宣教し、その地を離れた。その後アンテオケから第2伝道旅行に出発してエペソで宣教活動をしていたがコリントの状況が伝わるにつれ不安になり手紙を書いた。その手紙を携えてテトスがコリントに渡りコリントの教会でパウロの意志を伝えた。その結果が待ち遠しくてトロアスにいったがまだテトスがそこにいなかったのでマケドニアまで出向いた。そこでやっとテトスにあうことができその時テトスからコリントの状況を聞いたら事態は好転していたので喜び、「神に感謝します」との冒頭の言葉となった。パウロにとってイエス・キリストの福音を述べ伝えていることはイエス・キリストの凱旋行進に連なることを描いていた。それは、征服者の勝利の行進でありその香りは香しいイエスキリストの命の香りである。それと同時にイエスキリストを信じないでこの世的に生きているものは捕虜の側でありそれは死の香りである。一つの香りは2つの側面を持っている。あるものにとっては生命の香りであり、あるものにとっては死の香りである。その決定的な分岐点はイエス・キリストである。イエス・キリストに従って歩むか、俗世間の道を歩むか問われている。パウロ自身は、イエス・キリストに敗られ、イエス・キリストの奴隷とされた側面と、イエス・キリストによって救われイエスキリストの僕としてイエス・キリストの世界征服を達成し凱旋行進に加わっている自分があった。パウロにとって今はイエス・キリストの世界征服に貢献し凱旋行進に加わっている自分を描いている。

信じてそれを行うものは生かされ、それを退けるものには死が与えられる。人間の究極の運命を決定するそのような重大な任務に赴き、パウロは恐れを覚えつつ誇りを持って神に召され選ばれた使徒として信仰と誠実を持ってみことばを伝えるだけだと考えていた。私たちもそれぞれがイエスキリストを通して教会を中心に交わりが深まり、信仰生活が営まれ、共に生きる共同体の一員としてイエスキリストを仰ぎ見つつ歩むことができますように。


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