賜物を生かす マタイ福音書25:14-30

 宝の持ち腐れと言いますが、普通、人間は自分の能力のせいぜい十分の一しか使っていないとか言いますね。自分の能力に気がついていないとか、能力を発揮するチャンスに恵まれないとか、怠惰とか、無自覚・無頓着とか、そのほかいろいろな理由をあげることができると思いますが、とにかくわたしたちは、本来あるべき自分から遠く離れたところで日々暮らしている。これが、大方の実情ではないでしょうか。

 そこへ行くと、マラソンの高橋尚子さんとか柔道の田村亮子さんなどは、可能性を目いっぱい開花させたよい例かもしれません。盲目の若きピアニスト、梯剛さんなどもそのひとりです。もっとも、この人たちの人生はまだ始まったばかり、これから先をどう生きるかという課題は今後に残されています。(実は、梯さんのお母さん方のご祖母にあたる井上煕子さんが主宰する女性合唱団「くにたちアヒルグループ」のみなさんが、24日のみんなで祝うクリスマスの午後の催しにで歌ってくださいます。お楽しみに!)

 さて、きょうの「タラントンのたとえ」。ある人が旅に出かけるにあたって僕たちを呼び寄せ、一人に5タラントン、一人に2タラントン、もう一人に1タラントンを預けて行った。最初の二人は、預かった金を元手に一生懸命働き、主人が旅から戻った時には、二倍にして返した。主人は大いに喜び、それをそっくり彼らに与え、さらに頑張るようにと言った。ところが最後の男は、1タラントンを土の中に埋めておいた。それをそのまま旅から戻った主人に返すと、主人は激しく怒り、彼を外の暗闇の中へ追い出してしまった。

 1タラントンの男は、なぜ何もしないで預かった金を土の中に埋めてしまったのでしょうか。いろいろな理由を考えることができるでしょう。ほかの二人と比較して、自分だけ1タラントンとはひどいじゃないかという不満があったのかもしれません。この男のように、どうせ自分なんか大した者ではない何をしたってダメだ、と半分人生をあきらめている人は案外多いかも知れません。

 ところでわたしは最近では、この最後の男は、実はタラントンを持て余したのではないかと思うようになりました。1タラントンは6000デナリ。決して少ない額ではない。労働者の20年分の賃金に相当する額だと言われます。わたしたちお互いも、実はそれぞれにふさわしい充分なタラントンを預かって生まれてきたのではないでしょうか。ところがその値打ちも使い道も分からないまま、愚かにも、土の中に埋めてしまっているのです。せっかく生を与えられていながら、自分の人生を実に粗末に扱っているのです。

神さまから預かったそれぞれの賜物を存分に生かして生きる道を見出したいものです。それぞれのタラントンを使い切り用いきって生きられたらどんなにすばらしいでしょう。

アドベント第二週。もうすぐ、クリスマス。主が帰って来られる!覚醒の時です。まだチャンスは残されている。小さいことでいい。何かしてみたらどうでしょう。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」です。どこかの家の壁掛けに “Today is the first day of the rest of my life.” と書いてあるのを見たことがあります。「きょうは、わが残りの生涯の最初の日」です。1タラントンを土から掘り出して、新しく生き始める日にしましょう。


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