時と永遠―光は闇の中で輝いている マタイ福音書2:13-23

 1224日の日曜日にもたれた国立のぞみ教会の「2000年クリスマス」は、終日、近くから遠くから大勢の人たちがやって来られて、にぎやかなとてもよい一日になりました。教会が宣伝する「本物のクリスマス」が、結局は内輪の集会に終わってしまうことが多い中で、今回の「2000年クリスマス」は、世間に開かれた「みんなで祝うクリスマス」として画期的なものだったと思います。

 そもそも最初のクリスマスのお祝いに駆けつけた人たちは、クリスチャンたちではなかった。敬虔なユダヤ教徒でさえなかった。どこのだれとも分からぬ人たちだった。東方の博士と言われる人たちも、博士というと聞こえがいいけれども、新共同訳が、「占星術の学者たち」と訳しているように、かなり怪しげな人たちであった。

 そういった人たちがやって来て、みどり子イエスにまみえ、変えられ、「別の道を通って自分たちの国へ帰って行った」「神をあがめ、讃美しながら帰って行った」。

 クリスチャンたちは、本物のクリスマスは教会にありと信じているけれども、本物のクリスマスに与かることができるのは、実はよそからやって来た人たちかも知れない。そういった意外性の中にこそ、クリスマスの秘密が隠されているのではないでしょうか。

 クリスマスは、分かりきった出来事ではない。固定観念化した信仰・信念の枠組を揺るがす出来事だったということです。クリスチャンのありきたりの信仰が、それに追いついていけないでいる。十年一日の信仰理解に安住しない、恐れと驚きを伴う新しい信仰の開眼があってこそ、はじめて教会は、本物のクリスマスに与かる者となるのではないでしょうか。

 さて、クリスマスから早くも一週間が過ぎました。

博士たちが別の道を通って帰って行った後に、御子イエスの家にどのようなことが起こったでしょうか。<主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」>

御子イエスの誕生と共に、何もかもがぱーっと変わるはずではなかったのでしょうか。宝くじが当たった人は、新しい家を建て、新車を買い、ゴルフを始めます。目に見えて生活が一変します。救い主なる新しい王を迎えて、この世界はどう変わったのでしょうか。主を信じて、わたしたちの生活はどのように新しくなったのでしょうか。何も変わらないのではないか。それどころか、周囲の闇は却って深まってさえいる。マリアの賛歌(ルカ1:46-55)や天の軍勢の讃美(ルカ2:14)は、いかなる意味を持つのでしょうか。

 そこに、クリスマスのパラドクスとでも言うべき事態があるのではないでしょうか。このパラドクスを、ヨハネ福音書は、<光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。>ということばで言い表しました(1:5)。「光は・・・輝いている。」 現在形です。宝くじが当たったのとはいささか違う様で、光は現に輝いている。暗闇の中で、輝いている。暗闇もまた、現在の実体である。宝くじの幸運もこの暗闇の一部かもしれない。東方の博士やベツレヘムの近郊で野宿し羊の番をしていた羊飼いたちは、確かに、暗闇の中で輝く光を見た。彼らこそ、クリスマスのパラドクスの最初の証し人たちだったと言えるでしょう。

 この時代の闇は深い。しかし、光は輝いています。暗闇の中で輝いています!


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