聖霊が語る マルコ福音書 13:1-13

 <「これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」>

 昨日、とんぼ返りのアメリカの旅から帰った。飛行機が、鉛筆を逆さに立てたように聳え立つワシントンモニュメントを左手に見ながら上昇し始めるとすぐにペンタゴン(国防総省)が姿を現した。前日、車でその横を通ったとき、五角形の建物は、完全に修復されていた。

 空港は、ワシントン・ナショナル空港と呼ばれていたが、いまは、ワシントン・レーガン空港と改名されたという。そういえば、ジョージ・ワシントン、リンカーン、ケネディなどの名を冠した施設のほかに、リンドン・ジョンソン、ルーズベルトという名の記念碑や橋もこの数年で加えられたようだ。

 日本においてバブルの塔が崩壊し、アメリカにおいてバベルの塔が倒壊した。われわれは、これを間近に目撃した。そしていま、日本は、バブルの塔の復興に躍起である。アメリカは、失墜した威信を回復するためにさらに堅牢なバベルの塔を再構築しようと最大限のエネルギーを投入している。

 かつて日本は「一億一心」で負ける戦争を戦った。今アメリカは、大統領を先頭に星条旗のもとに世界唯一の超大国の建造にまい進している。小泉は、外様大名の悲しさというか、何かというと忠誠のまことを見せようと忠勤のパフォーマンスに励んでいる。醜悪なことだ。日本は、原爆のおまけつきで戦争に負け、最近では、経済戦争でアメリカにこっぴどく負かされたのだ。アメリカの経済に比べ日本の経済の規模など、80年代においても物の数ではなかった。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などという本もでて、日本はアメリカを追い越す勢いだとか言われて、数字の魔術にたぶらかされ、大いに錯覚していた。アメリカは、必要をはるかに超えて過剰に反応し、ジャパン・バッシング(日本いじめ)に乗り出した。そして、経済戦争に当然のように勝ったのだ。経済的に、日本はイラクだったのだ。それを知らないで、イラクいじめの片棒を担ぐ姿は哀れというほかない。

 このようにして構築されて行く世界に、真の希望があるか。そこには、大統領のイメージする古い世界があるだけだ。自国中心の、自民族中心の、強者の繁栄と安全を保障するためだけの強大な軍事力を背景とした強権的政治があるだけである。

 そこに真の意味の未来はない。希望と呼べるものはない。現勢力の保存、補強を目的とする後ろ向きの政治があるだけである。それは、人口調査のローマの皇帝や子殺しのヘロデの政治があるだけである。崩壊が約束されている「大きな建物」があるだけである。

 飛行機が、乗り継ぎのシカゴ空港に向かって着陸態勢に入った。耳が、キーンと痛くなってきた。なぜか、右の耳がとても痛い。気圧の変化を、耳が感じとる。

 弱いところが、時代の変化を感じとるのである。

 強者は、痛みを感じない。

 だから、弱いところに向けて、経済戦争を仕掛け、軍事的戦争を仕掛け、破壊し、殺し、勝者たちのモニュメントを立てていくのだ。

 神の国は、これとは全く違った方向に向けて建てられる国である。教会が、神の国のビジョンを明確に提示することができないのであれば、教会の存在の意味は、全くない。教会は何を語るか。難しいことではない。「実は、話すのはあなた方ではなく、聖霊なのだ。」おそらく、それは、耳が痛いという訴えから始まる言葉ではないだろうか。
2002/11/24   
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